<連載シリーズ>繁栄へ導く知のシステムを模索するー 第4回 日本の選択――「学び続けるシステム」を取り戻せるか

前回は、iPS細胞、次世代太陽電池、人型ロボットなどを例に、日本には優れた研究者も、発想力も、それを実現する技術もあるにもかかわらず、それらを新しい産業へ継続的に発展させるシステムが十分に機能していないのではないか、という問題を考えた。

現在、世界で競われているのは、単なる個別研究や発想、あるいは技術力ではない。
研究、人材、資金、産業、大学、政府、市場をどのようにつなぎ、社会全体として継続的に学び、改善し、新しい技術を用いた産業を発展させられるか、つまり、「システムそのもの」の競争が始まっているのである。

中国は国家主導による統合型(Interlocking)システムによって急速に競争力を高めている。
一方、米国は大学、企業、投資家、政府、研究機関など多数の主体が分散的に結び付くフェデレーテッド(Federated)型システムによって、20世紀末以降、インターネット、クラウド、AI革命を主導してきた。では、日本はこれからどの道を進むべきなのだろうか。

まず重要なのは、この問題を単純な「対中の対立論」として捉えてはならないという点である。
中国は、日本にとって極めて重要な経済相手国であり、今後も深い経済関係は続くだろう。日本が中国と全面的に切り離されて存在することは現実的ではない。 しかし一方で、中国型システムへ深く組み込まれていけば、日本の自律性は徐々に低下していく可能性がある。
中国型システムの特徴は、研究、産業、金融、データ、市場、通信、インフラなどを国家戦略の下で統合し、一つの方向へ動かしていく点にある。 そこには大きな効率性もある。しかし長期的には、中国側へ主導権が集中しやすい構造でもある。重要なのは中国と対決することではない。
日本が自律性を維持しながら、どのように世界とつながり、新しい仕組みを構築していくかである。

現在、AI、半導体、量子、バイオ、エネルギーといった重要先端技術(CETs)は、一国だけで完結できる時代ではなくなっている。
例えばAI革命を支えるエヌビディアの最先端半導体でさえ、
・米国の設計

・日本の素材

・製造装置

・台湾の製造技術

・欧州の装置技術
など、多数の国や企業の連携によって成立している。
つまり21世紀に必要なのは、一国覇権型システムではなく、互いに学び合いながら進化するフェデレーテッド型システムなのである。 そして実は、日本にはそれを進めるための強い土台がある。

第2回でも触れたように、日本は戦後、品質管理、現場改善、人材育成、長期投資を組み合わせながら、「継続的改善」を社会の中に根付かせた。 そこでは、単に上から命令するのではなく、現場で学び、改善し、修正し続ける仕組みが存在していた。
しかし重要なのは、日本がエドワード・デミングから学んだことだけではない。
日本はPDCAを品質管理、現場改善、人材育成、長期投資と結び付け、それまで世界になかった実践的システムへ発展させたのである。その力があったからこそ、日本は敗戦からわずか十数年で高度成長に入り、世界第二の経済大国へと駆け上がった。 科学技術でも、日本は米国には及ばないまでも、多くの先進国を凌ぐ存在となった。

つまり、日本の強みは、「学ぶ力」だけではなかった。 学んだものを再編集し、新しいシステムへ発展させる力だったのである。 実際、日本にはその伝統があった。明治維新の時代、日本は西洋技術を輸入しただけではなかった。軍事、教育、法律、産業、金融、医学など、多様な知識を同時に学び、それらを日本社会の中で再統合していった。 しかも、それは一部のエリートだけによって行われたわけではない。 藩校や私塾、地域社会に至るまで、多くの人々が学び続けた。 福沢諭吉や司馬遼太郎が描いた日本人の特徴も、まさにその学習能力の高さにあった。 ピーター・ドラッカーは、渋沢栄一の中に、西洋の制度を日本社会に適合させる能力を見ていた。言い換えれば、日本文明の強みは「純粋性」ではなく、「編集能力」にあったのである。しかし現在、その力が十分に発揮されているとは言い難い。

日本はデジタル革命の波の中で、インターネット、クラウド、プラットフォーム、データ連携といった新しいシステムを十分に生み出すことができなかった。 そして今、その先にAI革命が到来している。 AIは単なる一つの技術ではない。 研究、教育、データ、半導体、エネルギー、産業、人材を再び結び直していく巨大な社会変化なのである。だからこそ、今、日本に必要なことは、単にAI企業を増やすことでも、海外企業を追いかけることでもない。必要なのは、日本がかつて持っていた「学び続ける力」と「システムを創る力」をAI時代にふさわしい形で再構築することである。

日本が目指すべきことは、中国型国家統合システムでもなければ、アメリカ型システムの単純な模倣でもないはずである。日本が得意としてきた継続的改善と、アメリカが発展させたフェデレーテッド型システムを結び付けることである。大学、企業、研究機関、政府、地域社会が相互に学び合う。さらに国境を越え、米国や欧州、アジアの信頼できる仲間たちと知識を循環させる。 それは一つの中心が支配するシステムではない。
多様な主体がつながりながら、継続的に学び、改善し、進化していく知のネットワークである。
私はこれを「知のリンケージ(Knowledge Linkage)」と呼びたい。
かりに、日本がこの新しいシステムを作れなければ、デジタル時代に続き、AI時代でも他国が作る基盤の上で生きるしかない存在になりかねない。AI植民地化は一層深刻さをもたらす。しかし逆に、日本が継続的改善の思想と国境を越えた知の連携を結び付け、新しい時代のシステムを創り出すことができれば、日本は再び世界に大きく貢献できるであろう。

武田アンド・アソシエイツ 代表 武田 修三郎 記