<連載シリーズ>繁栄へ導く知のシステムを模索するー 第3回  技術を生かすのは、システムである ―

第1回、第2回では、米中関係の変化を見ながら、その背景にある中国型、米国型、そして日本型のシステムについて考えてきた。
ここでいうシステムとは、単なる制度や組織ではない。
研究、人材、資金、大学、企業、政府、市場、規制、産業基盤などが相互につながり、一つの全体として機能する仕組みのことである。
改めて確認しておきたいのは、このような見方は決して私だけの特殊な考えではないという点である。
戦後日本の品質革命に大きな影響を与えたデミングは、PDCA(Plan・Do・Check・Action)による継続的改善の重要性を説いた。そして1980年代以降の米国でもデミングは再登場し、デミングは、日本企業の成功に衝撃を受けたアメリカ各地で「デミングセミナー」を開催し、1993年に亡くなるまでその考え方を広め続けた。同じ流れの中で、経営学者ピーター・ドラッカーは知識労働者と組織の重要性を論じた。ジム・コリンズは組織が勢いを生み出す「フライホイール」を説き、ピーター・センゲは『学習する組織』の中で、組織全体が学び続けることの重要性を示した。

経済学でも同様である。
オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、経済発展の本質を単なる発明ではなく、それを社会へ広げるイノベーションに求めた。その後、米国の経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは「進化経済学」を提唱し、企業や国家は学習と改善を繰り返しながら発展すると論じた。さらにデンマークの経済学者ベングト=オーケ・ルンドバルは、「国家イノベーションシステム」という考え方を示し、大学、企業、政府、人材の結び付きそのものが国家の競争力を左右すると説明した。
近年では経済学者マリアナ・マッツカートも、インターネットやGPSのような革新的技術は、市場だけではなく、政府、大学、企業が連携するシステムの中から生まれたと指摘している。つまり、現代の経営学や経済学では、「優秀な人材がいれば発展する」という単純な考え方ではなく、「知識と資源を結び付けるシステムこそが発展を生む」という見方が広く共有されるようになっているのである。

では、日本型システムのままでも良いのではないか。そう考える人もいるかもしれない。
実際、日本は21世紀に入ってからも多くのノーベル賞受賞者を輩出している。しかし、日本型システムの限界は、現在の先端技術の発展を見ると見えてくる。分かりやすい例がiPS細胞である。
山中伸弥教授による2006年の発見は、日本が生み出した世界的成果だった。その独創性は圧倒的であり、ノーベル賞も極めて早い段階で授与された。さらに、山中教授自身が研究の重要性を訴え続け、研究費確保にも奔走した。当時の京都大学総長や政府もその価値を理解し、約1100億円という大規模投資を行った。その結果、iPS細胞研究所を中心に多くの成果が生まれた。現在では関連スタートアップも十数社設立され、再生医療の実用化も進み始めている。
京都大学の2024年度特許収入は13億8000万円と国内大学で最大であり、そのうちiPS関連だけで10億円を超える。これは間違いなく日本型システムでの成功例である。しかし同時に限界が見える。

米国ではiPS細胞を再生医療だけでなく、AI創薬、遺伝子編集、ベンチャー投資、製薬産業全体へと結び付けている。中国でも再生医療を国家戦略として位置付け、研究拠点、人材、特許、臨床応用、大規模医療データを統合しながら発展させている。
つまり米中は、山中教授の「発見」を次の産業エコシステムへ拡張しているのに対し、日本は依然として「発見そのもの」を守る段階に近いのである。ここでも、差が生まれるのは発見力ではない。発見を広げる「システムの力」なのである。

同じことは、ペロブスカイト太陽電池でも見られる。
この技術は桐蔭横浜大学の宮坂力教授らの研究を出発点とする日本発の有望技術であり、軽量、かつ薄いフィルム膜から建材の一部としてまで使える幅広いタイプの次世代太陽電池として期待されている。しかも原料のヨウ素を国内で確保できるため、経済安全保障上の価値も高い。しかし、技術競争は発明の瞬間で終わらない。量産化、標準化、資金調達、国際展開まで進めて初めて産業になる。中国は国家戦略としてこの分野への投資を拡大しており、特許や量産体制では急速に存在感を高めている。
ここでも問われているのは、技術そのものよりも、それを発展させるシステムなのである。

ロボットも同じである。
30年前にだされたホンダのASIMOや、愛知万博で披露されたトヨタの人型ロボットは、世界を驚かせた。日本は産業用ロボットも含め、長くロボット先進国だった。しかし現在、人型ロボットの競争はAIとの融合競争へ移っている。中国では、大学、企業、AI、人材、資金が結び付きながら巨大なエコシステムが形成されつつある。米国でも大学とスタートアップ、巨大IT企業が連携しながら新たなロボット産業を育てている。ここでも勝負を決めるのは単独技術ではない。技術を社会へ広げるシステムなのである。

ここまで見て分かるように、日本に才能がないわけではない。
むしろ逆である。日本には独創的な研究者がいる。優れた現場技術もある。長年蓄積された知識もある。問題は、それらを結び付け、継続的に発展させ、新しい産業へ転換していくシステムが十分に機能しているかどうかなのである。現在の競争は、個々の技術の競争ではない。研究、大学、人材、資金、市場、AI、産業を相互接続しながら進化できるかどうかの「システムの競争」になっている。だからこそ、日本に必要なのは中国型を模倣することでも、アメリカ型をそのまま輸入することでもない。日本が得意としてきた「継続的改善」の思想を土台にしながら、それをデジタル時代、AI時代にふさわしい新しいシステムへ進化させることである。
それは、日本が持つ技術や知識を、より大きな価値へ結び付けるシステムへの進化でもある。

しかし、ここで忘れてはならないのは、この進化は日本だけで完結できるものではないということである。現在は、産業や研究の分野を超え、さらに国境を越えて学び合うシステムが重要になっている。

次回は、そのために日本がどのようなシステム、すなわち「学び合うネットワーク型システム」を構築できるのかについて考えてみたい。

2026年6月10日
武田アンド・アソシエイツ 代表武田 記