【世界の研究に関わる動向】第63回(2022/11/29) 無名塾開催 講師:永田恭介(筑波大学 学長/国立大学協会 会長)

◆ 塾僕の冒頭挨拶◆
本日は、大変忙しい日程の中で筑波大学永田学長にご登壇いただく。一般的に日本で大先生と称される方々は、自分であちこち行動されないのが常であるが、永田先生は、本当にご自身で世界をまわり、自からことに当たられている。

新型コロナで長らく中断されていた日米デジタルイノベーションハブのワークショップが11月初めに久しぶりにワシントンD.C.で開催された。 メリーランド大学とジョンズホプキンス大学の関係者が今度は自分たちがやると名乗りをあげてくれて日米デジタルイノベーション&アドバンスドテクノロジー・ワークショップという名称で開催の運びとなった。日本サイドは、筑波大学AIセンター長の櫻井先生が彼らとスクラムを組み進めてくれた。永田学長も副学長の方々と、この会合に駆けつけてくださった。先生の米国滞在は一泊の強行スケジュールで、科学技術関係の予算折衝で日々多忙な中でのことであった。国会議員や、なかなか言うことを聞かない財務省との折衝等も含め、日本の科学技術の発展、人材育成のために日々動かれている。

では、日本の科学(技術)についてであるが、世界と比べ本当はどうなっているのか。
これは皆さんが承知しているように、中国がこれだけ伸びた背景には、共産党革命の後、中国の政権が“非レトリック”としての科学を国策として組み込んだことにある。その結果、2001年以降の20年間で中国はGDPで18倍の大きさになった。今後もそれが続くかどうかは不明だが、やっとアメリカもそのことに気がついた。その一つがバイデン政権誕生後に着手したCHIPS+法案である。法案は7月下旬に上下両院を通過し8月9日にバイデン大統領が調印した。

日本のマスコミは、これを“半導体法”と報道し、誤解が生じている。
CHIPS+のCHIPS法は、「Creating Hopeful Incentive Promoting Semiconductor for America」法で、+はScience(Research and Innovation)法を含めたものである。内容は半導体だけではない。もちろん半導体も含まれるが、この2800億ドルの総予算のうち、半導体は520億ドル。それだけでも十分に多いが、2000億ドル以上は、アメリカをもう一度元気づけるための研究開発とイノベーションのためのものである。アメリカのアポロ計画の総費用は、現在の貨幣価値にして1400億ドルだから、その倍の予算がこの5年で組まれたことになる(アポロ計画は、米国のGDPに毎年4.2兆ドルをもたらしてきたとの計算があるが、果たして今回はどうか・・これは別な機会に考えたい)。 しかし、このCHIPS+法案は、それこそ、非レトリックな科学をアメリカは国策として組み込んだ、といえる。
では、日本はどういうことをすればいいのか。永田先生の考えを伺うことにする。

<塾僕のコメント>
日米デジタルイノベーションハブについて、永田学長は大学人として話されたが、実は、これを支えた経産省、外務省、NEDOやJST、そして駐米大使に本当にご尽力をいただいた。デジタルイノベーションハブをスタートさせた最初の頃、2015年に当時の佐々江駐米大使がデラウェア大学、メリーランド大学やジョンズホプキンス大学のイベントに参加され、共に行動してくださった。大学人の成果ではあるが、その背景には、より大きな後押しがあったことも触れさせて頂く。

本日の話の中でデジタル、サイバー、宇宙、そして量子情報科学・工学(QISE)を今後どうするのか。日本は、新型コロナで更に立ち遅れたと心配している。 日本の遅れをどうするかについては、外との交流が重要。で、経済安全保障ということが表に出てきたとき、今後、外務省が重要な役割を担うことになると思う。これまでは、環境が外交の中心だったかもしれない。また、経済摩擦の対応が外交の中心だったこともある。しかし、今や科学技術が外交の中心になるということ。で、QISE一つとっても大きな差が生まれている。例えばアメリカでは、アクセンチュア主催のQuantum World Congress(11月29日~12月1日)に1500社が集まる。とてつもなく大きな流れになっている。
日本で一人でも多く方に、この世界の動きを理解してもらいたい。

◆塾僕のまとめ◆
今、世界は、第二次量子革命に突入しているという認識を持たなければならない。コメントされた方からご指摘があったように、私たち日本人は哲学を持っていないのかもしれない。第一次量子革命の応用で、現在のコンピュータが出た。1960年代から第二次量子革命が始まったとされているが(S.Bell等の活躍で)、今ようやくこの理論の実用化を考えるという段階に来た。その一つに量子コンピューターがある。ただ、これを既存のコンピューターの延長上でとらえても意味がない。それらを含めて議論するのがQISE論だが、これが日本ではほとんど話題になってない。 次の無名塾のテーマにメタバースはどうかという提案があったが、私は、メタバースは数多くの可能性の一つに過ぎないと考えている。

第二次量子革命が訪れるというときに、私たちは何を準備しなければならないのか、全部に対してなのか、それとも特定すべきなのか、そういう基本姿勢が日本ではまだ足りない。大学も、経済界も毎年、同じ計画で良いのか・・非連続の時代の計画はどうあるべきか。 日本でそういう議論はあまり聞かない。Q-STAR(Quantum STrategic industry Alliance for Revolution、一般社団法人量子技術による新産業創出協議会)をつくったから、それでどうこうと騒いでいるようでは仕様がない。もう少し根本的なところから考えていく必要があろう。

私たちがもう一つ考えなければならないことがある。テクノ・オートクラシー、つまり独裁者が自分の権限を守るためにすべてのテクノロジーを使う体制。一方のテクノ・デモクラシーは、私たちの自由や個人の能力をより高めるためにテクノロジーを使う体制という、異なる体制の問題がある。米国では、この体制の宿命的な違いをすでに議論し始めている。
しかし、私はアメリカの友人たちとは、(冷戦の中でも)最後には、アポロとソユーズの協力じゃないか、との議論もした。今回、米国と中国がどの段階でどのような協力するのか、テクノ・デモクラシーの間でも、ある程度のルールづくりが必要だと考える。これは、日本の外務省だけでなく、テクノロジーの関係者も本気で取り組んでほしい。

CHIPS+法案での議論
それから、CHIPS+の中で米国での議論は、米国の将来は、特定の大学・企業・教授に頼るのではなく、全てのアメリカのレベルを高めようという方向。アメリカ全体を高めたほうが、今後どこで起こるかわからない次の時代に対して、より有効であると彼らは考えている。NSFもOSTP(Office of Science and Technology Policy,米科学技術政策局)もその方向に動きだした。

日本の科学技術政策に関わる方々への苦言であるが、トップが自ら外に出て行かれて、米国のそういう方々と直接に意見交換をして頂きたい、ということである。日米デジタルイノベーションハブを始めたときは、当時の理化学研究所の松本理事長にアメリカに出向いて彼らと話をしてもらった。アメリカの関係方々も理事長の話に耳を傾けた。日本の偉い方々には、自ら外に出向かれる松本元理事長、永田学長のような行動力、フットワークの軽さを望んでいる。本日も長時間有難うございました。