【現下の日本の課題】第62回(2022/08/24) 無名塾開催 講師:杉山晋輔氏(前駐米大使)

◆ 塾僕武田の冒頭挨拶◆

新型コロナ感染拡大後、無名塾はオンラインでやってきた。しかし、オンラインだけでは、コミュニケーションの限界があり、二年半ぶりにリアルの会合開催となった。

8月23日付のワシントンポストで、コロナに関して大変面白い記事を見つけたので共有したい。タイトルはYour first brush with the Coronavirus could affect how a fall booster shot works and your response to future variants.

本日の講師、杉山大使には、大変な時期に駐米大使をやっていただいた。大使に話をお願いしたテーマは、「日本の現下の課題」である。激動の中で日本は多くの課題を抱えているが、ウィルス対策だけでなく、ロシアによるウクライナ侵攻がおき、世界的なスタグフレーションへの懸念、貿易、経済等々の問題がでている。しかし、この全体を含めた最大の課題は、世界がこの激動の中で確実に次の時代に移行していることである。これらの問題が仮に収まったとしても、元に戻ることは決してない。世界の国々から遅れずに、いかに新たな時代、どのようにして未来を迎えるか、この最も重要な課題がこれまで日本では、ほとんど議論されてこなかった。本日、杉山大使の話を伺うと同時に、ぜひ皆さんにはこの課題も一緒に考えて頂きたい。

◆塾僕武田から講演コメント◆ 

本日の話の中で中国の問題は大きい。これについて、私たちは、地政学的な先端技術の重要性について考える必要があるのではないかと思っている。

中国の強さは、共産党や社会主義にあるのではなく、科学技術導入の政策を進めてきたことにある。科学技術政策でアメリカがどういうことをやってきたのか、日本が1980年代にどういうかたちで当時の最先端技術であった品質管理を進めたか、ということを中国は徹底的に学び、鄧小平以降の主導者たちがその導入を進めてきた(*つまり、中国は地政学の要としての技術政策を導入した)。

その間、米国の科学技術は一切手入れもされず、米国のEdgeは低下し、中国に全面的に追いぬかれそうな気配すらでた。しかし、米国はこの数年かけて、やっとその理由に気が付いた(*米外交評議会あげて、2019年に報告書「Keeping the Edge」を提出。以後、米政府を始め、多くのシンクタンクでも同様の報告書をだしている)。

そしてバイデン大統領は、2020年の就任直後に、「米国の未来は技術にある」との談話を出した。ただ、いざ法案作りとなると苦労し、以後18カ月かかったが、先般7月下旬にチップアンドサイエンス法案(CHIPS & SCIENCE Act:半導体にかけたCHIPSであるが、Creating Helpful Incentive to Produce Semiconductors for Americaの略。Scienceは広く基礎科学から先端技術まで)を上下両院で通過させた。その他の関連するIRA法案も通過させた。8月9日にバイデン大統領はホワイトハウスでこの法案の調印式をおこなったが、その時に、「今から数十年後、国民はこの時を振り返り、過ぎ去ったこと、前進したこと、歴史のこの変曲点で出会ったことを振り返るであろう」と述べている。

これに対して日本では、大学強化に10兆円ファウンド等がでているが、やはりこの国の骨格としての科学技術、あるいは先端技術にかける機運が起こらないといけないと思っている(*地政学の要としての技術政策のすゝめ)。

 

中国問題では、東西南北その真ん中より自分は上だと思っている中国のトップに対して、私達は民だけで何かできると思うのは、無理だと思う。 私は、中国の専門家ではないが、少なくともアメリカサイドの関係者の意識は、そこが原点にあると考えている。

たとえば財務長官をやったポールソン(Henry Paulson)は明確に、「自分たちが育てたものが、いつの間にか、鬼っ子状態になった」と言っている。それで、アメリカは国民をあげて中国に裏切られた意識は強い。それにしてもアメリカの人の良さが出た、この20年、30年の結果だったと思う。なおかつ、日本もかなり人の良い面がある。

CSIS(経済担当の副所長)のマシュー・グッドマン(Matthew Goodman)は、この10年間で、日本が3点ないし4点において世界経済をリードしてきたと大変明確に述べている。例えば、「質の良い外交」は、最初に安倍総理が指摘した。あるいは、データの時代の基本、Data Free Flow with Trustについてもそうだし、IPP11も、米国は離れるし、様々な雑音の中で、安倍総理がちゃんとまとめた。

更に、グッドマンだけでなく、アメリカの識者の多くが、今日本に期待しているのは、経済安全保障でのリード。これは、経済と安全保障が一緒になったのではなく、経済合理性が万能ではなく、レジリエンスやサプライチェーンといった安全保障上の課題を同時に考えていくという新たな時代に突入しているということ。また、その方が次の時代の経済発展につながるとの考え方を岸田現総理が明確に提唱している。アメリカはその発想をこれまでも持ってきたが、明確にそのことを提唱したのは岸田総理。新たな時代での転換であり、これまでと異なる観点、違った発想の中で日本の役割は、大変大きい。

中国やロシアは分断という戦略を有している。それに対して日本は、ただ単に中国やロシアに対抗するのではなく、QUADのなかで、開かれたインド太平洋、つまり融合の観点を明確に打ち出し、新たな形のグローバル化を日本は進めている。分断と対決だけではない、新たな時代づくりが日本の課題の一つにあると思っている。

また、中国に対しては、岸田総理が習近平主席と対話をしていただくことが基本にあると思う。岸田総理がバイデン大統領と話をするのは当然だが、中国は大国になったという事実は認めなければいけない。彼らの経済は強い。たとえば、コロナの中でも日本の輸出は下がっているが、中国の輸出は上がっているという事実も認めなければいけない。その中で何ができるかというと、やはりトップ同士で話を通じていてほしい。その後の政策は、官民がある程度意を通じておかなければならない。これは官民がずるずるべったりの関係ではなく、民と官での新たなルール作りのうえである。

 

ワシントンでは私も大使に大変お世話になった。私がメンバーのコスモスクラブでは、プログラム委員のホロウイッツ氏と相談して2019年1月に大使に講演をしていただいた。コスモスクラブは、100人くらいのノーベル賞受賞者が会員になっているところだが、そこでも大使の話のあとに多くの方から大変感動した、との声があがった。

私が大使と若干違うのは、日本に力があったのは事実だが、今の日本が沈みつつある中で大使はあえて繰り返されなかったが、安倍総理があれだけやられたことに対して、私たちはその後の後継を岸田総理の体制でいかに進めるかが大切。

現下の日本のマスコミの話題は、旧統一協会と政治の話一色になった。これはこれで大事だが、敢えて言えば、これは“安っぽい大事さ”である。より重要な私たちの課題は、この激動の中での次の未来づくりであろう。

以上