【16】AI(人工知能)への米国の態度と戦略(3)米中の技術力は拮抗している

アリソンが見るAIでの米中比較

アリソンの話に戻す。彼は大意「米国の多くの人は、米国ではこれらの分野でのリーダーシップは非常に安定しており、挑戦者はでてこないと信じている」、また「中国は同等の競争相手」以上になれない、と主張する人も多いが、この両方とも間違っているとした。彼は、中国のAIの商業的および国家的安全保障の適用では、米国のフルスペクトルの競合他社になっている、としたのである。

また、彼は両国のAIの製品マーケット、フィンテック(金融)マーケット場、あるいは研究成果(論文、特許数)、人材教育等を比較しており、「金融市場では、中国が先行」しているとした。そして、「テンセントのウィチャットペイ(WeChat Pay)には9億人の中国人ユーザーがいるがアップルのアップルペイ(Apple Pay)は2,000万人の米国人しかいない」。これらの機能比較でも、「ウィチャットペイはアプリを使用してスターバックスでコーヒーを購入し、アリババから新製品を購入し、請求書の支払い、送金、融資の実施、投資、チャリティーへの寄付、銀行口座の管理を行っている…アップルペイよりはるかに多くの機能を有する」とした。また、「モバイル決済でも、中国人はアメリカ人が使う1ドルにつき50ドルを費やす。昨年は合計で19兆ドルだが、米国のモバイル決済はまだ1兆ドルに達していない」…クレジットカードは、手書きの小切手がそうであるように、古色蒼然としたものとなる。

Transaction Value of Digital Payments(world)

世界的に電子マネー決済が成長するが、そのなかでも、中国の占める割合の多さが顕著になってきている。

モバイル決済額の国際比較について、中国がこの分野では完全にリードしている。公的機関による各種データがあるがここでは一例として経済産業省 商務・サービスグループキャッシュレス推進室の資料を提示する。

https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200612006/20200612006-4.pdf

アリソンも「フェースブックのザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)はこれに気付きフェースブックの大きな動き(最近のFacebook Payの導入を含む)を、他の方法ではなくテンセントのコピー」だったとした。これは、フィンテックだけでなく、顔認識、音声認識等広い分野にわたる。

以下に、アリソンが行った指摘をまとめておこう。

 

注、各種「AI汎用技術」での米国vs中国

  • 顔認識テクノロジーは米国ではプライバシーを重視するために進まない。が、中国政府(CCP)はむしろ推奨し、たとえば、中国のトップ4の顔認識会社に14億枚(人)の市民写真のデータベースへのアクセスを許可した…そのため、中国の顔認識会社が所有している画像は推定で米国の画像認識会社のものよりも100万倍多い。
  • 音声テクノロジーでは、中国の企業は英語を含むすべての言語で米国の企業より優位。世界トップの音声認識スタートアップは中国のアイフライテック(iFlytek)。このユーザーは7億人、アップルのSiriと話すのは3億7,500万人でほぼ2倍(システムパフォーマンスのコンテストで、アイフライテックが定期的にグーグル、マイクロソフト、フェースブック、IBM、MITのチームをすべて第2言語で破る)。
  • AIの研究開発への投資は中国が米国レベルまで急増(結果もそれを示しつつある)…たとえば、「Allen Institute for AI」[1]の(信頼できる)評価ではAI論文で上位にランクされる論文数では既に2019年度に中国が米国を抜き、上位1%にランクされる論文数でも2025年までには中国が米国を追い抜く、ただ画期的な論文では中国が米国にまだ当分遅れ、とした。
  • AIテクノロジーの公開特許数では、中国は2015年に米国を追い越し、昨年はアメリカの5倍の出願。MLの最もホットなサブフィールドであるDL(ディープラーニング)では、中国の特許数は米国の6倍。
  • 中国はハードウェアでは、2001年の段階で中国には世界最速500の性能ランキングに中国にスーパーコンピューターはなかったが、2019年11月現在、227台。米国は、118台[2]。以前は、中国のスーパーピューターは米半導体に依存していたが、今日のトップマシンは完全に国産のプロセッサー。
  • 毎年の中国の学生数は米国の4倍(130万人対30万人)。米雑誌“S. News&World Report”の大学ランクでは、中国の清華大学はコンピューターサイエンスで世界一。

これらがAIでの米中の実力をどの程度反映しているかは、検討の余地があるが、米政府関係者への注意喚起のためには十分に効果があったと言える。

 

個人の権利優先の民主主義社会と国家権力が強制力を持つ権威主義社会

なお、これらが実力をどの程度反映しているかどうかとしたのは、アリソンや上記「AI Superpowers」の李(リ)やこの後で取り上げるDoDのJAIC(The Joint Artificial Intelligence Center)のアレン(Gregory Allen)らが一様に指摘していることだが、中国が力を発揮しているのは、既存のAI(マシンラーニング)やDL(ディープラーニング)をもとに、顔認識、音声認識、サーベイランス、ガバナンス、そして金融といった分野の既存のAI製品開発やアプリケーション探し、いわばその応用(活用)においてである。これは多くのデータが必要になるが、14億と人口が多く、また、アリババやテンセントなどのネット企業網が確立しており、その上、これらの企業とCCPとの緊密な協力が進んでいる中国の場(環境)ではこれができる。つまり、中国はビッグデータのサウジアラビア(デジタル時代のデータは石油)になる道が拓けている(ただ、肝心のAIをイノベートしようとするものではない)。

米国は、既存のMLやDLを過去のものにする次の時代のAI(ネクストAI)やエンタープライズソフトウェア(自動請求などのビジネスツール)、そして高度な半導体開発では中国を引き離している。ただ、既存のAIをもとにした商品開発力やアプリケーション探しでは、既存の米社会の仕組みもあり、中国に抜かれる一面がでる。たとえば、米国ではセキュリティよりもプライバシーを重視する、あるいは権威への不信感を抱く(…政府を疑う)といった文化が定着しているために、中国を上回るネットリソースを有していても(前記制約の結果)、中国に劣る部分がでる(米国には政府と企業の親密な関係を保つことは極めて難しいこともある…多くの情報系企業はCIAやDIAという米政府諜報機関への協力に極めて慎重)。

  

[1] 2013年にマイクロソフトの共同設立者、Paul Allenが設立。

[2] アリソンの報告書では219台としていたが、東北大学の小林弘明教授の調べでは2019年11月の段階で8台増え227台となっていたので、後者の数値を引用。