【15】AI(人工知能)への米国の態度と戦略(2)トゥキディデスの罠―米中の戦争は回避できるのか

先のASG(アスペン研究所戦略グループ)の会議にはハーバード大のアリソン(Graham Allison)も参加し、著書「Destined for War: Can America and China Escape Thucydides’s Trap?」[1]で警告したトゥキディデスの罠(The Thucydides Trap)に沿い、現下のDestined for War米中での安全保障についての話をした。注でトゥキディデスの罠の外郭を示した。

 

注:トゥキディデス(Thucydides)の罠

  • トゥキディデスは自ら将軍として戦いに参加したスパルタとの戦争(ペロポネソス戦い)を「ペロポネソス戦争史」として記録したが、この戦争の原因を「アテネの台頭と、それまでのヘゲモニー国であったスパルタの、この新たな台頭への不安」にあったとした。
  • 彼はこの連関で新興国の台頭が既存のヘゲモニー国への不安が、一定の限度を超えると戦争の原因につながると仮定し、西暦1500年以降の16のケースを調べ、その内12回が大戦争につながったと論じ、上記「Destined for War」を出版した。今回の戦争(危機)に至る要因は「中国の台頭を恐れる既存のヘゲモニー国(つまり、米国)の不安」となる。
  • ASGの議長のナイ(Joseph Nye)もアリソンと同じハーバード大の教授であるが、彼はキンドルバーガー(Kindleberger)の罠を提案した。キンドルバーガー(Charles Kindleberger)は1950年代に活躍した国際経済学者[2]。次の章の「トゥキディデスの罠」と「キンドルバーガーの罠」で取り上げるが、「中国が弱すぎる時にも危機を招く可能性がある」。
  • 「弱すぎる」とは、既存の国際公共財(たとえば、国連やWTO、WHO、IMF)等を利用することに長けても自分で公共財を作ることはしない、つまりタダ乗り状態を指す。この話は後の章でもう一度述べるが、要は中国の状況を米(日本を入れた西側)が正確に把握することが危機を未然に防ぐ。

 

下図にアリソンが調べた16のケースを示した。

The examples of Thucydides Trap by Graham Allison

アリソンが調査した、西暦1500年以降に起きたヘゲモニーを巡る戦い。赤は戦争に突入、青は回避できたケース:左側が既存のヘゲモニー、右手が挑戦者(Harvard Belfer Center for Science and International Affairs)

アリソンは、このトゥキディデスの罠の危険性を警告した後、彼自身、どうすれば米中の戦争を回避できるかを思考している。そして、彼は、脅威は中国の台頭、つまり米中対立の中心を中国のAIでの台頭にあるとして、匿名のY氏と論文「Is China Beating America to AI Supremacy?」を纏め、雑誌ナショナルインタレスト(National Interest)に投稿した[3]

なお、Y氏はデジタル分野のリーダーであるが匿名を希望[4]。アリソンは政治学者ではあるが、Y氏、あるいは「AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order」の著者李(李開復、Lee Kai Fu)等から、AIの本質(つまり、汎用技術としてのAI)、並びに中国のAI事情を学習した。李は、台湾生まれであるが、中国で長い間、AIに関する仕事に従事した後、AIでのベンチャーを立ち上げ、中国のAI事情を熟知した人物。上記の著書を2018年に出版し、米国に「中国はすでに米国に匹敵するAI超大国」にまでなった中国のAI事情を初に米国に伝えた一人である。

 

[1] Graham Allison、Destined for War: Can America and China Escape Thucydides’s Trap? 2017

[2] 彼の影響を受け多くの研究者が覇権安定論、あるいは国際公共財といった新概念を提唱。

[3] ワシントンにあるシンクタンク、the National Interestが発行する雑誌。名誉会長はキッシンジャー

[4] 筆者は元グーグルのCEOのエリック・シュミットではないかと根拠をもって推理。