【AIが拓く生成科学】第74回無名塾(10月15日開催) 講師:橋本 幸士 氏 (京都大学 理学部 教授/学習物理学領域代表)

<塾僕 武田の冒頭挨拶>
橋本先生は、京都大学大学院理学研究科の教授であり、湯川秀樹博士の研究室の流れを直に受け継ぐ方である。先生は物理学や素粒子論を専門とする一方で、知性そのものの大本にも深い関心を持たれている。現在、AIと物理学を融合する新しい分野「学習物理学(Learning Physics)」の創成プロジェクトを主導しており、まさに知のフロンティアを切り開かれている。
本日は「AI for Science」、つまりサイエンス(科学)のためのAI活用についてご講演いただく。
近年、生成AIを含む人工知能技術の急速な進展により、研究者や実務家の仕事の進め方そのものが大きく変化している。AIが人間を置き換えるのか、あるいはこの発展は危険ではないかという議論もあるが、それ以上に重要なことは、“AIをいかに人間の知性に組み込み、サイエンスを深める道具として活用するか”の視点であろう。この分野の動きは顕著になっており、今年の春にはGoogleが「AI Co-Scientist」を発表し、仮説構築や研究計画立案を支援する“仮想共同研究者”の構想を示した。本日はさらにこれを発展させた「AI for Science」、すなわちAIを各分野において科学としてどのように活用するのかというテーマについてお話しいただく。
アメリカの主要研究大学の多くでは、すでにAIを活用した知の融合研究拠点が設置されている。これらは米国家研究機関(NSF)のみならず、エネルギー省(DOE)やNASAの支援も受けて進められている。AIx環境、AIx化学、AIxサイバーセキュリティなど、多様な分野でAIを活用する試みが進展し、大学間・米国立研究所・産業界を含めた知のネットワークが形成されている。
橋本先生は、京都大学内で多様な分野の研究者を集め、企業とも連携しながら、日本の「AI for Science」を推進する中心的な役割を担っていると伺っている。こうした新たな時代の潮流を踏まえると、日本も早急にAIを実学として活用する新しい研究の方法論を構築する必要があろう。より重要なことは、日本の知性とそれを支える基盤をいかに前進させるかという点である。
欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、本年9月の一般教書演説で「私たちはいま、民主主義とヨーロッパの存在そのものをかけて戦っている」と述べた。これは単にウクライナ情勢を指すにとどまらず、その経済と民主主義、さらには科学技術を一体として捉え、次世代に耐えうる制度へ更新する戦いを意味している。
日本の置かれた環境は客観的に見てヨーロッパより一層厳しい側面があり、だからこそ次の時代の知の設計図を描き直すことが求められる。私たちにとって重要なのは、AI・半導体・宇宙などのCETs(Critical and Emerging Technologies:重要・新興技術)を実学として社会に実装し、それらをいかに融合(コンバージェンス)させ、技術を社会へ翻訳(トランスレーション)していくかということである。橋本先生の話が「実学としてのサイエンス(科学)」を学び直す第一歩となることを願っている。

<塾僕 武田のコメント>
橋本先生のご講演とその後の討論により、極めて重要なポイントを数多く示していただき、多くの学びがあった。ただ、実学――すなわち実社会でのサイエンスの応用・実装――という点では、日本は依然として遅れているのではないかと感じている。このギャップをどう埋めるかが今後の大きな課題である。
また京都大学をはじめ、大学の先生方に是非認識して頂きたいのは、産業界の果たす役割の重大さである。実際、大規模言語モデル(LLM)など、最先端技術に関する知見においては、産業界の方が大学より先行している例も多いと伺っている。米国の大学の状況を見ても、それは明らかに言える。米国スタンフォード大学のヘネシー前学長は現在、Googleの親会社Alphabet社の会長を務めている。大学がそれだけの実行力と産業界への影響力を備えている一例であり、日本の大学との決定的な違いを感じる。日本もこの点を真剣に捉え、産官学の連携によってイノベーションを生み出す体制を構築していかねばならない。
海外との接点が少なくなれば、どうしても理想論に陥りがちだが、現実に世界では何が起きているのかという生の知見をきちんと把握する必要がある。海外の現場で何が行われているかに耳を傾けなければ、真の課題は見えてこない。地政学的な観点も踏まえ、世界全体の大きな流れにどう対応すべきか真剣に検討すべきである。根本的には、OSS(オープンソースソフトウェア)の振興をはじめとする応用・実装基盤の強化など、一連の課題に取り組む必要がある。
橋本先生には、引き続き先進的取組みを力強く牽引していただき、京都大学をはじめ、大学のトップの方々にもその影響力を最大限に発揮し、大学として日本のイノベーションを主導する気概を示していただきたいと切に思う。