【官邸四階から見た安倍政権の真実】第64回(2023/2/1)無名塾開催 講師:谷口智彦(慶應義塾大学大学院 教授)

◆塾僕武田の冒頭挨拶◆

 安倍元総理のスピーチライターをされた谷口さんを紹介する。日経ビジネスで20年の経験の後、外務省に移られてから外務大臣のスピーチを担当、安倍政権ができた後に総理のスピーチを担われた。

 2015年に、私は谷口さんの素晴らしさを知る機会があった。この年、安倍総理が訪米し、アメリカ議会で演説されたときに、ちょうど私は会合がありワシントンに滞在していた。演説の内容は、総理ご自身、あるいは周辺の方々がしっかり準備されているから間違いないとは思っていたが、日本のマスコミには「安倍政権は国粋主義ではないか」とするものがあり、米国のマスコミでもその論調があっただけに心配をしていた。そのような思いの中で安倍総理の議会演説を議会専用のC-Span(ケーブルテレビ)で見ていたが、45分ほどの演説でユーモアを交え、明確で聞きやすい言葉で大変格調の高い内容だった。

 安倍総理は、実に、民主主義を真正面に捉えて話された。日本の民主主義について大変明確に語り、なおかつ米国民に無謀な戦争を始めたことに対して率直に謝った。アジアの国民に対しても大変迷惑をかけたと率直に述べ、歴代の総理が言えなかったことを明確に打ち出された。スピーチの最後には「日米は希望の同盟へ」と締めくられた。

 私は、この演説を聞いたとき感動で震えた。米国議会で米議員たちに感銘を与えることができる総理大臣のスピーチを書けることができる日本人がいるとは思っていなかった。この内容は安倍総理ご自身のお考えに違いないし、外務省や官邸の方々がいろいろアドバイスされたに違いない。しかし本日の講師、谷口さんの手を経ずして、このようなスピーチはできなかったと思う。

 今も、内閣でYouTubeの動画を流している。先日、私も見たが、若い方々がこの動画を見た書き込みが700~800あった。 私は逐一読んでみたが、いかに彼らが感動したかを知ることができた。 ぜひ、皆さんにも動画を見て頂きたい。 

 総理の演説を聞いた後、私は、ケネディ大統領の有名な就任式演説のフレーズ、“Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country”を書いたスピーチライター、テッド・ソレンソンを思い出し、日本にも真のスピーチライターがでたか、という思いだった。

 民主主義の体制では、政治、国際問題、また産業、科学技術という複雑な政策を進める必要がある。これを国民に明確にわかるように伝える、これがスピーチライターである。ゴーストライターとスピーチライターとはまったく異なる。アメリカではジョージ・ワシントン大統領の時に、すでにスピーチライターがいたとする識者もいるが正式に始まったのは、約100年ほど前のことだとされている。

 昨今の世界は、2015年当時と比べ、さらに激動の中にある。2015年頃は、米中摩擦はまだ表面に出ていなかった。また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こるとは考えもつかなかった。さらに昨年2月に始まったロシアのプーチンによるウクライナ侵攻という蛮行、それが引き金になって台湾有事も全く起こり得ない話ではなくなった。安倍総理が生きておられたら、どういう考えを持たれたか、と思う。 

 元米国務長官のキッシンジャーは、今年5月に100歳になるが、昨年末に『リーダーシップ』(Leadership : Six Studies in World Strategy)という本を出した。この中でキッシンジャーは、過去だけでなく未来についても語っているが、最もリーダーの出現が必要な時に、リーダーの出現を可能にしていた社会的条件が消えつつあるのではないか、と危惧しているもう一度、私たちは、リーダーをいかに育むのか、大学、産業界、また役所において、リーダーシップとはどういうものなのか、本日の谷口さんの話を元に、ぜひリーダーシップについて一緒に考えて頂き、議論をしていただきたい 

◆塾僕のコメント◆ 

 テネシー州ノックスビルにあるテネシー州立大学で副学長をやった経験がある。ノックスビルのすぐそばに小さな町メアリービルがある。学生数1000人程度の小さなメアリービル・カレッジがあり、そこではスピーチライター養成コースがあり、興味本位で尋ねていったことがある。

 当時、デビット・ガーゲンと知り合い、いろいろ話を聞く機会があった。彼はCNNのコメンテーターとして知られ、ニクソン、レーガン、最後はビル・クリントンのスピーチライターをやった人であるが、日本ではあまり知られていない。彼は、ハーバードのpublic serviceで教え、ケネディスクールにCPL (Center for Public Leadership )を創立した人物でもある。また、ケネディのスピーチライターとして知られたアーサー・シュレジンジャーも優れた歴史学者と言われている。彼らは、いずれも皆、深い知識と教養を持つ人たちである。果たして、メアリービル・カレッジの養成コースで優れたライターを育てることができるのか、と。

 それでは、どうすれば日本でスピーチライターを育てられるかについては、養成コースづくりの前に、日本の民主主義を高めることが必要ではないか、と思っている。