【12】5Gを巡る中国政府の戦略(3)特許・標準規格戦略を巡る争点

 【11】で示したように、ファーウェイへの米国からの風当たりは強い。特に、トランプ政権が発足してからは、監視の目が一層厳しくなり、米国政府は同社製品の使用禁止だけでなく、同盟国に対しては同社の排除体制への参加を進めだした。しかし、これらとは無関係のように、ファーウェイは、2009年の約280億ドルから2018年の1,107億ドルへの業績を伸ばした。

一方、西側を代表する通信設備企業のノキアやエリクソンは、同時期に逆に縮小した。前述したが、少なくとも競合他社や元雇用者が指摘した、知財窃盗で成長する以外で成長した理由も探しておく必要があると言える。

実は、先のDIBの提言書等ではより踏み込んだ理由探しを行っているが、それを説明する前に、もう一つ関係する事実を述べておきたい。

それは、この時に急成長を遂げていたのは、ファーウェイだけでないことである。たとえば、携帯電話の世界のシェアでは既に述べたように、1位のサムソン、そしてファーウェイはアップルを抜き2位になったが、アップルの後、ZTE、そしてシャオミ(Xiaomi)、ヴィーヴォ(Vivo)、オッポ(Oppo)と中国系が続いた。この結果、2009年には世界の携帯電話の6%未満のシェアにすぎなかった中国系が、2018年には30%を超えるシェアにまで成長している。これらは巨大な中国マーケットが控えているというだけでは説明しきれない。たとえば、インドマーケットでの中国系の携帯電話の販売は59.7%になる。

Worldwide Top 5 Smartphone Company Unit Market Share (%)

スマートフォン市場における中国企業の躍進はファーウェイに限らない。2021年1月IDCの公表したデータによると、サムスン、ファーウェイ、シャオミはアップルを抜いている。

これは携帯電話だけではない。同じデジタルテクノロジー分野のインターネットアプリケーション企業でも中国系のバイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)、およびティックトック(TikTock)[1]などが世界マーケットでこの間に着実に影響と収益を伸ばしていった。そして、2009年、売上高トップ10のインターネット企業はすべて米国だったが、この後、中国の企業のテンセント、バイドウといったキャリアが急激に発展し、現在では世界のトップ10のキャリアのうち4社が中国系である。これも巨大な中国マーケットだけでは説明できない。

話を戻すと、DIBの提言書では先のより踏み込んだ理由として、「ファーウェイを始めとする中国企業の経営方針」と「支援した中国政府」をこれらの企業を成長させた理由としてあげた。

 

ファーウェイや中国政府が重視する5Gでの標準の確立

ファーウェイをはじめとする中国企業の経営方針について先のDIBの提言書では、「潤沢な研究開発費を投じ、特に標準規格と特許の取得に力をいれた」にあるとした。そして、これらは、「彼らの体験から学んだ」結果である、とした。つまり、3G、4Gを導入した時、ファーウェイを始めとした中国企業は欧米企業に使用許可を得るために、膨大なロイヤリティーを支払わなければならなかった。そのため、4Gを導入した後に、「ファーウェイらはこの対応策」に腐心しだしたのである。具体的には、多数の研究者や技術者を採用し、多額の研究開発資金を用意し、得られた研究結果をもとに5Gの仕様を策定しだした。また、ファーウェイを中心とした大規模な派遣団を結成し、企画や標準を決める国際会議へ彼らを送り込み、多くの企画・標準案を提出しだしたのである。

事実、ファーウェイを始めとする企業は、多くの研究開発費を投じだした。たとえば、2017年のファーウェイの研究開発総額は130億ドル(約1兆4420億円)に上る[2]。これは、彼らのライバルであるノキアとエリクソンの両社を合わせた金額を上回っている。そして、先のDIBの提言書では、「米政府の政策立案担当者の中には以前からこうした中国企業の積極投資を警戒すべきという声がでていたが、実際にその通りになった」、と指摘した。

調査会社トラガ・リサーチCEOのマーシャル(Phil Marshall)は「規格化の過程で時間と労力、人力を投じれば、最終的には多くの重要な知的財産が手に入る」とした。上図で5Gメーカーが得た特許と標準規格を示したが、事実ファーウェイが突出している。

なお、ファーウェイの創立者任(レン)が、如何に規格や特許を重視しているかを知る出来事がある。2018年に7月26日に同社本社において、任(レン)は「トルコ・ビルケント大学のポーラー(Polar)符号の発明者アリカン(Erdal Arikan)を招き豪華な式典を開いた[3]。ポーラー符号とは、「データ伝送速度と信頼性を最大化」に対して新しいアプローチを定義するもので、アリカンは2008年に初めてこれに関する論文をだした。ファーウェイの研究者たちはこの後、研究を更に進め、同社で規格を策定しそれを国際的な通信の標準化団体である3GPP[4]に働きかけ、5G New Radio(NR)のコントロールチャネルに用いる正式な符号化スキームとして部分的に採用させていたのである。任はこれを祝うために豪華な式典を催し、通信技術の発展に尽くした「アリカンとこれを支えた同社の100名以上の研究者や技術者を表彰」している。

[1] ティックトックは中華人民共和国のByteDance社が開発運営しているモバイル向けショートビデオのプラットフォーム。

[2] WSJによると昨年度はさらに上回り、アップル等を抜く2兆円をこえる研究開発費を投じている。

[3] https://www.huawei.com/jp/press-events/news/jp/2018/hwjp20180730e

[4] 国際的に3Gおよびそれに続く3.9G通信システムに対応するLTEや、4Gシステムに対応するLTE-Advanced、5Gシステムの仕様の検討・作成を行う標準化プロジェクト。