米中の5G、AIと日本の国家戦略-デジタル戦略(来るべき未来への覚悟)
DX時代における米中関係の歴史的変化を認識し、日本の国家戦略を考える
デジタル化時代への突入の中で、米国では急激に台頭してきた中国への不安と懸念がでている。1844年に米中望厦条約(Treaty of Wanghia)を結んで以来、両国は世界史上まれな親和的関係を構築していたが、この関係に本質的な変化がおきたようである。ここでは、また、米・中の両国がデジタルテクノロジー政策とその発展において密な関係で成り立ってきたことを確かめる。
親和的関係と言っても両国の事情は異なっていた。
米国側は短期の中断はあったが、つい数年前まで一貫した態度であった。短期の中断としたのは、第二次世界大戦後に中国において共産党政権が誕生し、その後に朝鮮戦争の勃発等があったことを指している。ただ、これも1972年にニクソン大統領が突如訪中したことにより、再び親和的な関係に戻った。なお、この時のニクソン政権の政策は、エンゲージメント政策と呼ばれている。特に1989年のベルリンの壁の崩壊後からオバマ政権に至るまで、中国に対してより積極的なエンゲージメント政策がとられた[1]。この政策では、米国政府は中国のWTO(世界貿易機関)加入を認めただけでなく、中国大陸を訪れたかつての米国の宣教師たちが行ったように、ビジネスマン・アントレプレナー・研究者・大学人・篤志家たちも、自分たちが培ったビジネス・エネルギー・環境・研究の成果、そして最先端のデジタルテクノロジーまで惜しげもなく中国に与え、また、彼らの子弟を自分たちの大学・研究所に迎えいれた。もちろん、無償で行った宣教師たちとは異なり、21世紀の米国人たちは、この政策で自分たちも中国から大きなメリットを得ると確信した上でのことであった。
中国では、1949年にCCP(中国共産党)が中華人民共和国を建国し、この後に変化がおきた。CCPのリーダーたちは、1980年代後半に、米国(並びに欧州・日本を含む西側)が育んだコンピュータ、そしてインターネット、AIをはじめとするデジタルテクノロジー(とそれを育むデジタルサイエンス)の威力に接し、これこそ自分たちの国・国民を再び世界の覇権を競う大国へ若返らせる手段であることを確信し、この後、彼らは合法・非合法的にこれらを抽出する戦略(strategy)をたて、着実に実行していったのである。また、彼らは国有企業に対してだけでなく、デジタルテクノロジーを有する民間企業に対しても政府と密な関係(つまり、官民癒着構造)づくりを行いだした[2]。結果、この戦略は短期的にも中国に大きな変容(transformation)をもたらした。中国は、あらゆる方法で抽出した西側のデジタルテクノロジー(とサイエンス)を自分たちのものとして定着させ、次には、これらテクノロジーをいち早く商品化させ、世界市場(マーケット)に売り込みを図りだしたのである。CCPのこの戦略は間違いなく中国を短期間に世界覇権を競う大国へと変貌させた。この結果、CCPは2010年代半ばには、米国とは親和的関係というより覇権を目指す国家として敵対的関係を多く取りだしている。なお、本報告書の目的は、日本(ひいては米を含めた民主体制と共同した)のデジタルテクノロジー戦略の確立のために、現下のAI、5G大国である米中の状況を確かめることにあり、中国の取った世界覇権への手段の良し悪しを議論する意図はない。あえて言えば、中国が取った世界覇権への手段には、旧ソ連のように核兵器やミサイルといった破壊兵器づくりによったのではなく、デジタルやインターネット、光ケーブルという時代を変容させるテクノロジーづくりによったことを確かめたぐらいである。
米国は、自分たちがとっていたエンゲージメント政策が自分たちに敵対的な国をもたらしたという厳しい現実を認めるまでに20年余り時間がかかっている。しかし、ついには米政府だけでなく、広く米ビジネスマン・アントレプレナー・研究者・大学人・篤志家たちもこの現実を認めだし、夫々の分野でこれまでのエンゲージメント政策を放棄しだしている。ゲシュタルト的変化がおき、米国の中国に対する態度(attitude)に基本的な違いがおきたのである。
ではエンゲージメント政策に代わる戦略(strategy)がでたのか?
これについても本報告書でも見ていくが、結論を言えば、態度ではゲシュタルト的変化がおきたが、戦略ではまだ全米的コンセンサスと言えるものがでたわけではない、である。
以上の背景のもと、1章では、米国にゲシュタルト的変化が起きたことを確かめる。2章では、5Gを巡る米国の態度(attitude)を確かめる。3章では、対峙する米中関係のシンボルとされているファーウェイ(Huawei)を取り上げ、米国の態度、また、ファーウェイの戦略とCCPの戦略がどのようなものかを確かめる。4章では、AIを巡る米国の態度、また、CCPの戦略を確かめる。
本報告書では、「態度(attitude)」と「戦略(strategy)」を分けた。米国では、いわば中国に対する一定の態度(attitude)は固まったが、その戦略(strategy)がまだでていない。事実、米国内では、中国と彼等のデジタルテクノロジー戦略についてもより深く知る必要があるといった議論が高まっている。5章では、その一部を「米国でおきているトゥキディデスの罠とキンドルバーガーの罠の議論」として、確かめる。
中国をこのように短期間に変容を遂げさせたデジタルテクノロジーについての考察も必要であろう。このデジタルは、蒸気機関や電力と同様に、時代を変容させる汎用技術(GPTs:General Purpose Technologies)であり、これを発展させるためには、単に科学技術からの視点だけでなく、国際政治、安全保障論、あるいは文化、経済、歴史哲学といった学際的視点が必要となる。そこで、あえて現下の米国で行われている学際的議論を紹介した。日本(ひいては米を含めた民主体制のもとで)のデジタルテクノロジー戦略を進めるためには、日本国内でも、これら学際的議論を進めておくことが必要になる。本報告書では立ち入らないが、デジタル戦略は、現下の日本(ひいては米を含めた民主体制)の若返りに役立つ、と考えていることを付け加えておきたい[3]。
<本シリーズの構成>
【1】 デジタル時代におきた米国のゲシュタルト的変化
【2】 5Gへの米国の態度と戦略(1)米国は5Gグローバルレースで勝たなければならない
【3】 5Gへの米国の態度と戦略(2)トランプ政権の見方を示す報告書
【4】 5Gへの米国の態度と戦略(3)米無線通信業界団体CTIA報告書
【5】 5Gへの米国の態度と戦略(4)米国防総省アドバイザリーボードによる提言
【6】 5Gへの米国の態度と戦略(5)移動体通信史に見る先行優位性
【7】 5Gへの米国の態度と戦略(6)主要国の5G状況と政府の役割の重要性
【8】 5Gへの米国の態度と戦略(7)米国の5G状況とデジタルセキュリティの課題
【9】 5Gへの米国の態度と戦略(8)アスペン研究所サンガーが提唱する米国の戦略
【10】 5Gを巡る中国政府の戦略(1)ファーウェイを巡る争点
【11】 5Gを巡る中国政府の戦略(2)ファーウェイに対するバックドア疑惑
【12】 5Gを巡る中国政府の戦略(3)特許・標準規格戦略を巡る争点
【13】 5Gを巡る中国政府の戦略(4)CCP(中国共産党)の世界5G標準戦略
【14】 AIへの米国の態度と戦略(1)AIが支配する世界はもう始まっている
【15】 AI(人工知能)への米国の態度と戦略(2)トゥキディデスの罠―米中の戦争は回避できるのか
【16】 AI(人工知能)への米国の態度と戦略(3)米中の技術力は拮抗している
【17】 AI(人工知能)への米国の態度と戦略(4)CCP(中国共産党)のAI戦略
【18】 AI(人工知能)への米国の態度と戦略(5)AI大国の衝突の行方
【19】 日本のデジタル戦略を考える
[1] 冷戦構造の終結で米国は「関与」というより、積極的な「取り込み」政策に転換。正確には第一期オバマ政権まで。
[2] 重商主義と呼ぶ研究者も米にはいる。また、これらの構造については本報告書でもファーウェイと呉副首相、あるいは最近の中国政府のAIチャンピオンづくり等を例示した。
[3] 日米のデジタルアライアンスは決して、中国と覇権を競うためではなく、あえて言えば人類の民主的未来づくりのため。