<連載:第1回>トランプ2.0政権(政権2期目)が描く未来への地図
第1回:トランプ1.0政権の科学技術・教育政策を振り返る
トランプ1.0政権(トランプ政権1期)は、2016年の大統領選でヒラリー・クリントン氏を破り、既成政治に対する変革を求める国民の支持を背景にスタートした。トランプ氏の「America First(米国第一主義)」のスローガンのもと、メキシコ国境の壁建設やTPPからの離脱、低学歴白人中間層の生活改善など、多くの政策が展開された。これらの政策は共和党関係者からは支持されたがメディアやエリート層から強い批判を浴び、稀に見る「ハネムーン期間」なしの政権がスタートすることになった。
トランプ1.0の科学技術・教育政策の概要
特にトランプ1.0の科学技術・教育政策への批判はひどいものであった。その対象は初年度の予算削減で基礎研究や環境・再生可能エネルギー研究を大幅に縮小させたことである。このため、環境・再生可能エネルギーの研究は全滅状態に陥った。またホワイトハウスの科学技術政策室(OSTP)トップの任命を放置し、さらに大統領の科学技術補佐官を廃止したこともこの批判に拍車をかけた。教育政策においても大統領選での高額寄付者であったが公立学校運営の経験には乏しいベッツィ・デヴォス氏を教育長官に任命したことで、あまりにも教育軽視という批判が出ていた。
では、トランプ氏は本当に科学技術政策で手を抜いていたのかというと決してそうではなかった。確かに、OSTPの局長は2年間放置し、大統領の科学技術補佐官を廃止したが、シリコンバレーの起業家のピーター・ティール氏のトップアドバイザーだったマイケル・クラツィオス氏を最高技術責任者(CTO)に抜擢していた。この時のクラツィオス氏は30歳を超えたばかりの若手で「国家繁栄のための重要・先端技術(CET)導入」政策を策定し、これは大統領令で強力に進められた。同氏はバイデン政権の科学技術策の目玉となった「競争力法案」や「CHIPS法やScience法」等の原案も作成していた人物である。
人工知能(AI)の責任者としてはUTK(テネシー大学システム・ノックスビル校)のリン・パーカー氏をOSTPのAI部長に起用しているが、同氏は「NAIIO(国家AIイニシアチブ室)」を創設、AIの開発と倫理的利用を促進するためのプログラムや政策を確立し、米国がAIの世界のリーダーとしての道を確立させた。
もう一つ、忘れてはならないことは、トランプ1.0では「科学技術安全保障政策」に着手したことである。この政策は、(1) 戦略技術の流出防止、(2) 技術覇権争いでの優位性維持を保つことにあり極めて重要なもので、それこそ現下の世界では国家的経済および国際的安全保障を確保するために不可欠なものと言える。これはバイデン政権でも受け継がれ、世界に広がった。
しかし、これまでの説明だけでは、トランプ1.0の科学技術政策に依然として疑問を持つ人が多くいるかもしれない。AIを始めとする先端技術が大事なことは分かるが、基本は基礎研究、それに環境・再生可能エネルギー研究も大事なのではないか、また、いくら経済的および国際的な安全保障の確保が大事だとは言え、科学技術はオープンが原則で、この原則に反するところでは科学技術が停滞するのではないか、と。
これらの疑問には、この後のシリーズで触れていくが、ここでは、先端技術重視は、あまりにも短期的な見方になり過ぎるのではないかとの疑問について説明したい。
実はこの手法はすでに世界では一定の評価を受けている。ボストン近郊に2000年に創立したばかりのオーリン工科大学があるがマサチューセッツ工科大学が行った「世界の大学の工学教育」調査ではこの大学が行う工学教育を最も高く評価した。同校では物理や化学を教えるのではなく、プロジェクトベースの学習(PBL)を多く取り入れ、エンジニアリングデザイン教育を全体に配置し、産学連携のSCOPEプログラムを学びの集大成としている。創設学長のリチャード・ミラー氏は「音符を教えることから始めるのではなく、まず耳で音楽を聞き、楽器を演奏する」スズキメソードからヒントを得て始めたと説明する。学生たちは、この後、必要に応じて基礎研究に着手しだすやり方を学び、米工学アカデミーは、ミラー氏に革新的な取り組みを称えるバーナード・ゴードン賞を与えている。
トランプ1.0の教育まで擁護するつもりはないが、米国の憲法では、教育の権限は連邦政府ではなく、州にある。1979年、ジミー・カーター政権が連邦政府に教育省を昇格させて以来、歴代の共和党政権は、州の主体性を大事にするためにも教育省の解体を望んできた。これについても今後触れていくがトランプ2.0では実際、教育省の解体を掲げている。