<連載>トランプ2.0政権が描く未来への地図 【第4回】シリコンバレーを飲み込む~トランプ2.0の科学技術政策の行方

<トランプ大統領とクックの握手>  

2025年1月20日、米国会議事堂ロタンダで行われた大統領就任式に登壇したトランプは居並ぶゲストの中で、まずアップルCEOのティム・クックと握手を交わした。これは単なる偶然だったのか、それとも意図的なジェスチャーなのか。

「仮想貨幣・AI」の発展を最重要視したトランプ2.0の技術政策では、シリコンバレーとの関係は極めて重要な要素となる。一方、シリコンバレーは長年にわたり民主党と資金的にも人材的にも関係を持ってきたが、近年、その関係にほころびが見え始めている。トランプ2.0が科学技術政策を進める上で、どのようにシリコンバレーとの関係を深めようとしているのかを見ていきたい。

<シリコンバレーと民主党の長い関係>                                   シリコンバレーが本格的に民主党との関係を深めだしたのは、ビル・クリントン政権(1993~2001)の頃からである。当時、インターネットの急速な普及とIT産業の成長により、シリコンバレー企業は次々と巨大化していった。また、クリントン政権では:

  • 「規制緩和」、「自由貿易」、「クリーンエネルギーと気候変動」政策を推進。 
  • 移民政策に寛容で、特にH-1Bビザ(高度技術職向けの就労ビザ)を拡充し、海外からの優秀なエンジニアを受け入れた。
  • クリーンエネルギーや気候変動政策を受けて、シリコンバレーのトップたちは、新成長分野としてEV産業やAI技術の開発に投資し、成果を上げてきた。

相思相愛と言えるこの関係は、バラク・オバマ政権(2009~2017)でさらに強化されている。オバマ政権では2009年にジョン・ルースを駐日大使に指名した。ルース大使は東日本大震災時の「トモダチ作戦」を通じて日米関係の強化に尽力したが、実はシリコンバレーの出身である。ただ、実際にテック企業の創業に携わったのではなく、シリコンバレーを代表するWSGR(ウィルソン・ソンシニ・グッドリッチ・アンド・ロサティ)のCEOとして、ビッグテックの経営を指導していた。彼が駐日大使に指名されたのは、WSGRがオバマ陣営の資金調達に大きく貢献したためと噂された。

参考:米国の政治資金について                                        米国での政治資金は、日本では想像できないほど巨額である。資金に関する情報は、連邦選挙委員会(FEC)が収集し、寄付者や献金額、そして候補者の支出内容は誰でもアクセスできる。FECは昨年11月の米連邦選挙(大統領選、知事選、上院、下院議員選挙を含む)では、約159億ドル(約17兆円)であったと推定している。

イーロン・マスクが多額の資金を寄付したこともあり、トランプ陣営がより多くの資金を得たと考える人がいるかもしれないが、それは正しくない。FECでカマラ・ハリス副大統領の陣営とその政治活動委員会(PAC)が集めた額は、約13.9億ドル(約1兆5,000億円)で、トランプ陣営とその政治活動委員会の額は、約10.9億ドル(約1兆2,000億円)であり、ハリス陣営の方が優位であった。ハリス陣営では、とくにウォール街やシリコンバレーからの献金の流入が目立っていた。この多くの資金は、票の買収のためではなく、テレビ広告やIT宣伝、あるいは運動員への経費に充てられる。日米は、同じ民主主義制度ではあるが、選挙制度には大きな違いがある。

オバマとシリコンバレーの関係は単なる資金支援にとどまらず、人材供給の面でも深い結びつきを持ち始めた。例えば、GoogleのCEOであったエリック・シュミットがオバマの選挙戦では、ビッグデータ分析で選挙を助けた。オバマ政権の発足後は、大統領科学技術委員会(PACT)議長を務め、デジタル政策や再生可能エネルギーを推進した。一時商務長官としての適性も検討されていたと言われている。

<トランプ1.0とシリコンバレーの関係構築>

トランプ1.0(2017~2021年)では、それまで共和党に縁が遠かったシリコンバレーとのパイプができている。そのきっかけを作ったのは、トランプの娘婿で上級顧問を務めたジャレッド・クシュナーである。その経緯は:

  • クシュナーの弟ジョシュア・クシュナーが医療ベンチャーを設立。
  • この時、大物投資家であるピーター・ティールの知遇を得た。
  • クシュナーは大統領選が本格化した2016年の春にトランプ・ティール会談をセットした。

シリコンバレーのベンチャーキャピタルの経営者として著名なピーター・ティールは、それまでのテッド・クルーズ上院議員(テキサス州共和党)を支援から、これを機にトランプ支持に転じた。この後、150万ドル以上の選挙資金を提供し、7月の共和党全国大会でも支援演説を行った。そして、2017年のトランプ1.0スタート後にティールは、自身のトップアドバイザーだったマイケル・クラティウスをトランプ政権の技術最高責任者(CRT)に推薦。また、ティールも技術顧問に就任している。

〈バイデン政権との違和感〉

2021年の大統領選でトランプ氏は敗れ、バイデン政権(2021~2025年)が誕生する。しかし、民主党の政権でありながらシリコンバレーとの関係に亀裂が入り始めた。この理由は:

・「ビッグテックの独占力が強すぎる」との批判が民主党内で高まり、バイデン政権では独占禁止法(Antitrust)の適用を強化。

・AIの開発に関しても2023年に「AIの安全性と信頼性を確保する」ための大統領令を発表し、規制強化。

 

これらの理由でシリコンバレーと民主党との蜜月関係に影が出だしていた。

<ティールの陣営からの離脱と新たなパイプ〉

一方、トランプはティールを通じて、順調にシリコンバレーとの関係を強化していったわけではない。先のメモでも述べたように、ティールは、2024年のトランプの選挙運動には加わらなかった。この理由を伝えるFobes誌は、彼は「共和党の文化戦争に関心がない」とした。つまり、トランプ流のやり方に限界を感じたようである。ただ、シリコンバレーの起業家たちは、「政府の介入」を嫌う。バイデン政権の規制強化で民主党離れがでて、彼らもトランプ2.0との関係を深めようとしだしている。その中心の一人が、これも先に述べたトランプ2.0政権の目玉の「仮想貨幣・AI委員会」のツアール(責任者)に任じられたデビット・サックスである。さらに、マーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツという二人もトランプ支持を表明し、それぞれPACに寄付した。

二人は、2009年にベンチャーキャピタル会社「アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)」を創業し、以来多くのベンチャーと人材を育成したいわば「伝説の大物」である。キャピタル会社の愛称a16zはAndreasenのAからHorwitzのZまでの間のアルファベットが16字があることから名づけられている。二人は、資金援助だけでなく、人材もトランプ2.0に提供している。名前をあげると政府人事局(OPM)局長のスコット・クポー、あるいはホワイトハウスのOSTP(科学技術政策局)上級アドバイザーのスリラム・クリシュナン等である。いずれもa16zの役員であった。なお、現在のシリコンバレーの大物たちを色分けしてみたが、依然として民主党びいきが多く、先のハリス副大統領の選挙陣営には多額の資金が集まっていた。 

(本リストは、AI(ChatGPT等)を活用して作成)

<トランプ2.0はシリコンバレーを飲み込めるか?>

冒頭に述べた就任式でのトランプ大統領の行動は、このような背景の中で、シリコンバレーとの関係強化作戦の一端であったかもしれない。この他の作戦には:

  • AI規制緩和、仮想通貨自由化を通じて、共和党支持を強める戦略。
  • 「民主党はテクノロジー産業を抑圧している」とのメッセージの強調。
  • サックス、アンドリーセン、ホロウィッツ等の影響力を拡大作戦もある。

ただ、筆者は、トランプ大統領はこの関係強化の作戦以上に、シリコンバレー全体の飲み込み戦略を始めたのではないかと推測している。つまり、トランプ2.0が目指すのは、米経済の繁栄であり、安全保障であり、そのために仮想通貨とAIで世界をリードすることである。先のDeepSeekのケースのように中国への規制強化を始めとする対応も必要になる。また、ともすれば中国に対してガードが甘かったテクノリバタリアン的考えをもつ人たちへの対策もあろう・・そのためには、シリコンバレーを自由に操る必要がある、と。いずれにしても、目が離せない。

今回は長くなったが終わりまで読んでいただき感謝する。    (代表武田 記)