【未来を切り拓く研究大学 – 東北大学の挑戦】第69回無名塾(6月14日開催) 講師:大野 英男 東北大学 総長特別顧問(前総長 )
大野先生の専門分野:スピントロニクス、半導体物理・半導体工学
[略歴]1982年:東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1983年:北海道大学工学部助教授、1988年~1990年までアメリカ合衆国IBM T. J. Watson Research Center客員研究員。1994年:東北大学工学部教授、1995年:東北大学電気通信研究所教授(2013年~2018年 所長)。あわせて、2010年:東北大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター長、2010年:東北大学原子分子材料科学高等研究機構主任研究者、2012年:東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター教授、2016年:東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター長、2018年~2024年3月まで第22代東北大学総長、2024年3月経産省・科学技術担当特別顧問、4月東北大学総長特別顧問、2010年~2014年 内閣府 最先端研究開発支援プログラム 「省エネルギ ー・スピントロニクス論理集積回路の研究開発」中心研究者。
◆冒頭挨拶◆ 塾僕 武田
本日は、今年3月まで東北大学の総長であり、現在は総長特別顧問の大野先生に日本の「未来」を築くことをテーマとしてご講演いただく。先生は4月から経済産業省の科学技術担当特別顧問をされており、教育、先端技術、半導体、AIなど、日本の未来を切り拓くための戦略を立てる重要な役割を担われている。また実際、世界の半導体をリードされている研究者・教育者でもある。
大野先生の講演資料以外に1枚の資料を参考までに用意したが、日本政府の教育に対する支出を示したものである。GDPでいうと日本政府は1980年頃まで約5.5%を教育(公教育)に支出していたが、バブル崩壊以後、急激に支出が減少した。現在、約3.5%でありOECDの最低レベルまで下がっている。一部の政府内の議論では私教育(各家庭の幼稚園や大学の費用負担)を公教育と合わせれば教育への支出が約5〜6%であるとしている。だが、科学技術の発展は、企業の研究開発費によるものではなく、国からの研究開発費の多さにより、国全体のイノベーションのレベルが上がることが知られている。
事実、中国に追いつかれた米国では、国からの研究開発費を再び高めることの重要性を再認識しCHIPS&Science法案等の一連の法案を成立させている。これを拙速に教育に当てはめようとするものではないが、今後「公教育」の重要性に焦点を当てた研究が出てくることを望んでいる。
いずれにしても、国が将来の人づくりに大きな金を出すことが必要である。アメリカでは、「no money, no mission」と言われており、一定の金がなければミッションは達成できないとされている。本日は、このミッションについて、大野先生に話しをしていただきたい。
◆講演後の塾僕武田のコメント◆
【日本の国づくりのための投資】
実は昨日、米国出張から帰国したがワシントン滞在中、米国における日本の研究者が少なくなっている話を耳にした。米国ではThink Tankの影響力が非常に大きく、アジアの中では中国・韓国の研究者は多いが、日本の研究者はほとんどいない状態で日本の情報や発信力が少なくなっている。中国、韓国の研究者が母国語で情報をどんどん入手して、Think Tankのレポートに反映させることで中国や韓国の情報が発信されていく。韓国などではこの数年で50以上の寄付講座(endowed chair)を米大学に開講し、教授ポストを確保している。これら教授の下に研究者や学生が集まる。
一方、米大学で日本を研究する教授ポストは急激に減少しており、日本の研究を行う研究者、学生も少なくなっている。また高齢化も進んでいる。 日本の寄付講座は韓国等に比べても非常に少ない。これは日本にとり非常に大きな問題である。日米で問題がないから必要ないのでは、という考え方の人もいるかもしれないが、そうではない。日米で本当に一緒にやるためには、常に日本の立場、日本から見る中国の立場、日本から見るアメリカの立場等々の見方ができる人が次から次に出てこなければならない。ワシントンでこの話を聞いたときに、もう一度日本の国づくり、特に教育の面での国づくりをスタートしなければならないとつくづく思った。日本のなかで見ている日本と外から見る日本では、まったく違う。 次の時代への投資ができていないという心配をしている。
【日米の大学連携と日本の将来】
大野先生をはじめ、本日ご出席の学長先生方に関心を持ち続けて頂いてきた「日米デジタルイノベーション・アドバンスドテクノロジーワークショップ」だが、第8回ワークショップを本年9月にオハイオ州立大学で開催する。日本から8大学が参加するが、ぜひ連携・協力し合い学ぶというシステムを学んでほしい。このやり方を構築しなければ、世界にインパクトを与える日本の大学発のプロジェクトにはならないと考えている。
オハイオ州立大学(OSU)の年間予算は1兆円をはるかに超える。米中西部にはそれ以上の年間予算を持つミシガン大学やウィスコンシン大学等がある。本日の大野先生による東北大学のケースから学ぶと同時に、世界の中でOSUはどうやっているのか、ミシガン大学はどういう動きをしているか、パデュー大学はどうやっているか、ジョンズホプキンズ大学は等々、これらの大学関係者等と直に話し、学び合ってもらいたい。アメリカの大学は、スタンフォードやハーバード大学だけではない。中西部のこれらの大学も必死で新たな時代の大学について考えている。
それは日本の産業界も全く同じである。単に日本企業が米国に進出するだけに留どまらず、大学への寄付講座開設など、日本について関心を持ってもらうやり方も考えてもらいたい。もう一度、私たちは、日本の将来のための投資について考え直さないといけないと思う
【米国の変化と日本の今後】
米国については、本年11月にトランプ氏が大統領に成る、成らないは別として、アメリカは、第二次世界大戦後の80年近く継続してきた国際的な役割をそろそろ放棄しだしたなと感じている。大変、大きな世界の変革が来つつあると思っている。その中で日本がどうやってアメリカと一緒にやるのか、やはり、私たちの次の生き方ということで戦略を立てる必要があるのではないかと考えている。
【日本の将来のための議論】
教育に関しては、私立と国立の学費の是正といった小さな論点からではなくて、再び国家がどうやって公教育に費用を投じるかといった大枠の話を私立と国立大学とが協力してやるべきだと思っている。変革、激動の中で教育についてどう対応していくかは大変重要な課題である。
いずれにしても本日、大野先生が示された最初のスライドが示すように決して厳しい未来ではなく、厳しい未来の先には更に素晴らしいものが待っていると思っている。是非、継続して皆さん方には、相応に勉強していただきたい。