【日本のデジタル化に係る課題】第58回(2021/09/30)無名塾(オンライン)開催 講師:市川 類氏(一橋大学 イノベーション研究センター 教授)

◆塾僕武田の冒頭挨拶◆

昨日、9月29日の自民党総裁選で岸田文雄元外相が、総裁に選ばれた。来週召集される国会で内閣総理大臣に指名されます。伊藤博文以来、第100代目の総理大臣の誕生である。日本の内閣制が確立したのは明治18年。以来136年になるが総理の在任期間は平均して1年4カ月である。ワシントンが初代米国大統領に就任したのは1789年、以来232年でバイデン大統領が第47代であるので大統領の在任期間は平均して5年になる。岸田政権には、少なくともこれぐらいは続いてほしいと思っている。

新総裁は就任直後の記者会見で、日本は国難に直面している、コロナで日本人の心はずたずたに疲弊し、早速この修復にとりかかる、と話された。確かに、デルタバリアントの猛威はすさまじく、17万人余りが感染し、死者は1万7000人、この間に多くの不条理なことが起こった。世界的には、例えば、米国では4320万人が感染し、死者は69万人、数カ月後に米国では500人に1人がコロナで亡くなる状態に陥いると言われている。イギリスは、日本より人口は少ないが777万人が感染し、死者は13万人で、ここでもほぼ500人に1人が亡くなっている。

COVID19の脅威を克服できたとしても、いつまた新たなパンデミックに襲われるか分からない時代に突入してしまった。今回のパンデミックでは、日本の医療システム、そして防疫、ワクチン開発には多くの課題があることが明らかになり、岸田新体制のもとで、これらの体制の是正をしてもらいたいと思っている。ただ、それだけでは日本の未来は来ない。バイデン大統領は、「データサイエンス、AI、量子コンピューターといったデジタルテクノロジーを手にすることができる人々に未来がある。中国は、その未来を自分たちのものにしようと計画し、圧倒的に投資している」と述べ(2021年3月25日、ホワイトハウス)、米国の未来のためには、デジタル大戦略、Grand Strategyの大事さを指摘している。

実のところ、日本は、これまでデジタルに決して無関心ということではなかった。例えば、安倍政権では、イノベーション戦略、ソサエティ5.0、AI立国など、この面での必要性を説いてきた。また、菅政権でも、デジタル六法を整理し、デジタル庁を発足させた。しかし、日本のデジタルはうまくいっていない。率直に言って、日本において、デジタルは鬼門と言わざるをえない。私は、この原因の一つに、これまでの日本の政策が国家の未来をかけるデジタル大戦略といったものではなかったと考える。例えば、大戦略をたてるためには、これまでの日本政府や日本企業のデジタル化がどうしてうまく行かなかったのか、をきちんと分析しなければならない。それをやらない限り、この状態のままでいくら進めても同じ罠におちいる恐れがある。意気込みやアイデアだけで、日本に未来は来ない。

本日は、一橋大の市川類教授に日本のデジタル政策の話をして頂く。日本政府、企業のデジタル政策を客観的に分析して頂けると思っている。市川教授は通産省に入省後、MITで科学技術政策を学ばれ、また多くの技術政策に携わってこられた。私も市川先生の話を楽しみにしている。本日の進行役、コーディネーターは、産総研のシニアコーディネーター、杉村氏にお願いした。杉村氏からは、長年無名塾のアドバイスを頂いていおり、国際的にもAI、サイバー、デジタルのスタンダードや規範、ノルムづくりで頑張っておられる方です。それでは、市川先生、杉村さん、よろしくお願いします。

◆講演後の塾僕 武田のまとめ◆

短い時間の中で、市川先生にはコンパクトに話をまとめていただき感謝している。少し心配なのは、お立場上、日本国政府に少し甘い面があるかなと感じた。

率直にいうと、米国の例をとっても、当初はデジタルという言葉を使っていないが、レーガンあたりから新自由主義を捨てて、様々な政府主導の競争戦略を有してきた。その後も、歴代の大統領、ブッシュ父(41代大統領)やクリントンでは大統領自らが主導権をとり、いかに政府間の連携を迅速にさせるかという一連の動きを行った。これは近年のオバマやトランプ大統領でもひき続き行っている。これだけをみても米国政府は、大統領自ら官僚制の硬直性を如何に打ち破り、迅速性をもたせるかを継続し進めた(つまり、政府主導のデジタル推進)と言える。

私が安倍政権を高く評価するのは、具体的なターゲットをもうけ、かつ長期にわたってやってきたということ。菅政権もそれを引き継き、岸田政権でもそうされると信じたい。少なくともあと5年くらいは継続し、大戦略ではなく、小戦略の域までに達してほしいと願っている。

市川先生は、今回触れられなかったが、デジタル大国となった中国がある。中国では、例えば、米国同様にトップの習近平主席自身がいかにデジタル大戦略を進めるかで主導権をとっている(それこそ鄧小平以来歴代の主席がやってきた)。デジタルは、日本の未来であるだけに、岸田総理が本当に気にされ、自らが主導権をとり続けることを固く信じている。

なお、米国が対中政策、中国のAIやデジタルを気にするのは、それなりの理由がある。私たち日本ではあまり気にしていないが、デジタルがもたらす未来には二つある。一つは、この導入で私たちの人権、法の支配等がより一層守られ、その人間性を解き放つデジタルデモクラシーである。が、もう一つ、独裁者クラブが自分たちの体制をまもるために、このデジタルを利用しようとするデジタルオートクラシーがある。既に、これらの大変大きな流れが世界に出ており、これまでのところデジタルオートクラシーの方が勢いづいているといいう状況である。

本日、参加されているデジタルの研究者の方々にお願いしたいのは、単に自分のデジタル技術面での研究だけでなく、社会、経済、政治あるいはグローバル化の中で、デジタルデモクラシーをいかに進めるかという枠組み、政策や体制づくりについても合わせて考えてもらいたいこと。未来はデジタルであるのに、そのための人材づくりを始め、周回遅れになっている日本の体制づくりをどう再構築するかについても気にかけてほしいと思っている。日本がデジタルで世界覇権をというわけではないが、世界の未来の一角を担う存在になるためにもナンバーツーやナンバースリーではとてもダメだ、ということを考えて頂きたいと思っている。