【4】5Gへの米国の態度と戦略(3)米無線通信業界団体CTIA報告書
CTIAは2018年に報告書「5G経済;5Gで勝利をえるために」[1]をだし5Gの経済的効果、歴史、今後の展望、そして世界の状況を見ている。
無線通信(ワイヤレス)産業が米国に与えてきた経済的効果としては、これまで「470万人の職場と4,750億ドルをもたらしてきたが、5Gでは構築には更に2,750億ドル必要だが、新たに300万人の職場を生み、経済活動は5,000億ドルが追加」されよう。その上、この導入でコミュニティはより安全、より豊かになるとした。
また、CTIAは携帯電話の歴史には、1983年10月に初に導入された携帯電話システムを「第一世代」1G、これはアナログ方式。2Gはデジタル方式が採用され、以来、現在の4G、第四世代まで[2]、ほぼ10年毎に世代替え的イノベーションがおき性能・容量は飛躍していったとした。2020年より5Gがスタートした[3]。次の「DIBの提言書」でより詳しい歴史を取り上げる。
CTIA報告が示す、5Gがもたらす経済発展
報告では、5Gは全ての州に新しい投資、経済成長等の利益を確実にもたらし、効果は全米的なものとした。また、ヘルスケア、エネルギー、輸送、役所、電子商取引、物流、教育など、全ての産業・業種で5Gの導入は変容(transformation)をもたらす、とした[4]。具体的な産業分野を以下に示す。
・ヘルスケア(健康管理): 遠隔患者モニタリングや、接続された医療機器を介した遠隔手術などのサービスが可能。毎年3,050億ドルの医療費の節約[5]。
・輸送(交通):自律運転で排出量を最大90%の削減と移動時間の40%削減、更に年間22,000人の死亡者数削減。輸送コストを年間4,500億ドル節約。
・スマートシティ: アクセンチュア(Accenture)の2017年の報告をもとにスマートシティソリューションは、エネルギー使用量の削減や混雑軽減で1,600億ドルの利益と節約を実現。センサーは建物、道路、橋などの重要なインフラストラクチャの保持・安全の監視、バス停の接続。 街灯柱などは、都市の運営を効率化するのに役立つ[6]。
・教育: 低遅延性で、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)などの没入型アプリケーションの導入で、より多くの学生に学習する機会を低コストで提供。
・ドローン: ドローンコマースが出現で、その経済に800億ドル以上が追加され、ドローン商業で10万人の新規雇用がでる[7]。
・エネルギー: エネルギーグリッド(送電線だけでなく、パイプライン等も含む)の監視・管理の改善でコスト削減でき、米国経済に1.8兆ドルの収益が追加[8]される、とした。
2018年度の米国の順位について
この報告書では、次世代通信移行時には「先行優位」と呼ぶことができる現象がでるとし、注意を喚起した。この先行優位については改めてDIBの提言書で取り上げるが、ここでも簡単に述べておこう。それは、5Gを先に導入し変容を遂げだした組織・国家・企業から個々人に至るまで、先行したものが知的・かつ経済的なメリットを多く得る、である。彼らはイノベーター(革新者)と呼ばれ、遅れたものはラガーズ(のろま)と呼ばれるが、この差は大変大きい。
話を報告に戻すと「世界では中国、日本、韓国等が5Gのリーダーシップの確保のためにできる限りのことを行っている」とした。そして、CTIAは、客観的な評価が必要とし、アナリシスメイソン(Analysys Mason)[9]に依頼し、世界各国の5Gの準備状況指数(readiness index)を調査した。同社は、この指数を各国のスペクトル可用性[10]、そして5G導入のための種々の実験、各国政府が確定した5Gへのロードマップ、また5Gへの政府のコミットメント、および民間側の準備状況をもとに決めている。
米国人の多くは、5Gでも自分たちがトップを走っていると信じてきたが、結果は、これらの人の期待を完全に裏切るものであった。「トップは中国、続き韓国、そして米国は3位で、4位は日本」であったのである。CTIAは報告書で、「世界の5Gレースで勝つことが米経済の繁栄を保つために必要」とし、「米国は4Gで世界をリードしたことで、米経済に1,000億ドルに近い大きな経済的および消費者の利益をもたらした」と必要な理由を明記した。そして、この危機的状況の打開には、政府による政策立案と政策誘導が要になるとした(内容を注で示す)。
注;CTIAが言う5Gへの政策誘導とは
・ポリシー・ソリューション: 5Gは初期段階にあるタイトなレースで、4Gと同じように、米国が世界のリーダーであり続けるには、普遍性(常識性)をもつ政策が必要になる。また、政策立案者が主要な政策に迅速に取り組むよう要請することで米国のリードは可能とした。これまでも5Gにおけるスペクトル(帯域)がワイヤレスサービスの重要な要素の一つとした。
・より多くのスペクトルの解放策: 特に、低、中、および高帯域でのスペクトルオークションが必要。また、これらの電波を解放するためには、プロバイダーが予見可能で将来とその見通しができることが、役立つ…米国に国家スペクトル戦略を必要とした。
・ワイヤレスインフラストラクチャの規制(ルール)の改正(近代化): この報告では5Gは4Gまでの通信のインフラストラクチュアが全く異なるとした。たとえば、4Gで使われてきたセルタワーは200フィートで、このセルタワーにあわせた規制が設けられるべき。5Gネットワークは、ピザの箱のサイズで、小型セルアンテナが専用(以下に図示)。そのため、これまでと同じ規制を適用するべきではなく、5G世代のインフラストラクチャを展開するために、全国の立地規則といったものを併せ改正する必要があるとした。
・恒久的な連邦規制の作成。
より高度なワイヤレス時代での消費者の保護は重要。それらの方法の一つは、モバイルブロードバンドなどのサービスに永続的でかつ常識的な連邦規制の設定が必要になり、これらについても次世代ネットワークに合わせたイノベーションと投資促進が必要になる、とした。これ以上の紹介は止めるが、いわば、単に国家の経済的支援ではなく、あらゆるものを統合した基本的戦略の確立が必要と、CTIAは総括した(CTIA資料より)。
Get smart: Core vs. edge in 5G networks [infographic] Share America, Sep 17, 2019, By Leigh Hartman
CTIAの2019年度の報告での米国の順位
CTIAは2019年度の報告書でも準備状況指数を報告し、「1年前は中国と韓国は5Gの準備を進め、米国は遅れをとっていた…今年、米国は韓国を抜き、中国と並んで首位に立った」、とした。報告書は続けて、「…この驚異的な改善は、政策立案者の迅速な行動と先見の明のあるリーダーシップのおかげある。米国の民間の無線業界は、世界の5Gレースで米国を押し上げる環境が」できた[11]とトランプ政権を称えた。
なお、この報告書でも、国家(スペクトル)戦略として3点あげた。
・5年間のオークションスケジュールの作成。これにより、米プロバイダーに適切な高帯域、中帯域、低帯域の帯域を提供できる。
・競争の力を活用して我が国の経済的および国家的安全を強化する実証済みの自由市場アプローチに連邦スペクトル政策を推奨する。
・スペクトルの最適な使用を確保するための政府の政策と手順の近代化。
さて、トランプ政権はどう応えるか。それ次第で、後世の科学史家はトランプ政権が科学を重視した政権と最大の評をすることになるかもしれない。
[1] https://www.ctia.org/the-wireless-industry/the-race-to-5G
[2] 3Gの後期より、3G(LTE)がでた・・同様に、4Gでも4G(LTE)。LTEはLong Term Evolutionの略で、高速性等の通信規格や機能で飛躍したものの意。
[3] 多分、というよりほぼ間違いなく、2030年代には6Gが導入される。5Gの準備委員会は、おおよそ2010年当初より始まっているが、日本を始め、既に6Gの準備委員会を発足させた国がでている。
[4] https://api.ctia.org/docs/default-source/default-document-library/deloitte_2017011987f8479664c467a6bc70ff0000ed09a9.pdf.
[5] https://api.ctia.org/docs/default-source/default-document-library/deloitte_2017011987f8479664c467a6bc70ff0000ed09a9.pdf.
[6] https://www.accenture.com/t20170222T202102__w__/us-en/_acnmedia/PDF-43/Accenture-5G-Municipalities-Become-Smart-Cities.pdf.
[7]https://api.ctia.org/docs/default-source/default-document-library/drone_whitepaper_final_approved.pdf.
[8] https://api.ctia.org/docs/default-source/default-document-library/deloitte_2017011987f8479664c467a6bc70ff0000ed09a9.pdf.
[9] 英国に本社をおくネットワーク技術や通信用ソフトウェアなど通信市場全般を対象とする調査会社。
[10] ローバンド、ミッドバンド、ハイバンドを含めた利用可能バンド幅。
[11] https://api.ctia.org/wp-content/uploads/2019/04/The-Global-Race-to-5G-Spring-2019-Update.pdf