【人工知能の現状と展望】 第50回(2020/6/25)無名塾(オンライン)

[講師] 

テーマ:人工知能の現状と展望-日本の立ち位置―

The Current State and Prospects of Artificial Intelligence: Japan’s Position講師:辻井潤一(国立研究開発法人産業技術総合研究所 人工知能研究センター センター長)

Junichi Tsujii ( Director of Artificial Intelligence Research Center, The National Institute of Advanced Industrial Science and Technology)

 

◆日本のデジタル戦略を考える 

― 先行する米中をベンチマークする必要性 ―

2020年6月「無名塾」から代表武田のコメント抜粋

バーチャルへの視点―フィジカルからより自然の実体に近づく考え方

日本のデジタルが遅れる理由のひとつに、フィジカルを重視し、サイバーを軽視する傾向にある。サイバーやデジタル世界(空間)は、フィジカル世界(空間)を更に深淵にしたものではないか、という観点が日本にはまだ出ていないので皆さんに考えてもらいたい。

日本語としてのバーチャルは、仮想、想定的という意味でとらえがちだが、英語で使われるvirtualは、「事実上の」「実際の」という意味で、決して「仮想」とか「虚像の」という意味ではない。私たち人間が現実としているフィジカル世界の実体は、極めてあやふやな五感、視覚とか聴覚を通じて得た情報*を融合・統合したものを脳に投影した写像(mapping)にすぎない。実は、フィジカルが自然の本質ということではなく、残念ながらこれもある意味のバーチャルである。

一方、“デジタル”や“バーチャル”と呼ばれているものは、本来の人間の知能を超えた、AIやコンピュータやインターネット、あるいはデジタルサイエンスでさらに知能化し、より自然の深淵な実体に近づきつつあると見るべきではないか。現在のデジタルトランスフォーメーションと呼ばれている一連の動きではないか**、と考えている。

参考:

*人間の視覚は電磁波の内可視光と呼ばれる極めて限られた領域(0.40から0.75μm)を検出できるにすぎない。また、触覚も空気振動の20Hzから20kHzという限られた部分を感知しているに過ぎない。触覚、味覚、臭覚はさらにあやふやで感度の悪いセンサーで、自然の一部を捉えているに過ぎない。フィジカル世界では、直接見る、触れることだけでほんものと考えるのは私たち人間の錯覚。

**人間は同じものを見ても、全く違って見えだす。これがデジタル化が進んだ世界ではおきているのではないか… 一方、日本では在来のものの見方で見ている、と。

AIの広がりは想像以上か

AIには数多くの利用の仕方がでているが、最も効果をあげているのはガバナビリティ(統治)、サーベランス(監視)ではないかとの見方がある。現実の組織運営、企業運営でAIを始め、デジタルが想像以上に使われ、成果をあげているという見方になる。アマゾンCEOのベゾス(Jeffery Bezos)のアマゾンプライムの運営と習主席の中国共産党の組織運営がうまくいっているのは、彼らがAIにもとづいたガバナビリティや(組織運営のための)サーベイランスを行っているのではないか、と。これについては、ベゾスは「自分たちが行うほとんどすべての背後にAIがある」と述べている。

日本が競争力を維持していくためにはもっと大きな予算を投じる必要がある

先の理研の富岳の位置づけだが、今までトップスパコンだったアメリカのオークリッジ国立研究所のサミットの数倍の性能を示した(この差は、いくら倍々の世界でも少なくとも、2、3年は抜かれることはない)。ただし、気をつけなければならないのは、日本人の国際的な感覚が低いこと。それで言えば、スパコンの世界のトップ500台のうち、200台以上は中国が持っている。アメリカは140台、それに対して日本は30台程度。それでも日本は世界3位なのでうまくやっていると言えばそうだが。

日本の研究者は優秀と信じている。しかし、いくら優秀でも実(金)がなければ何もできないのではないか。極端に言えば、10兆円を超えるような投資を中国はAIに対して行なおうとしているのに、数千億では勝負にならない。

デジタルと中国の本質

ハーバード大のグラハム・アリソンの研究によると「自動車、製造業、貿易額、中産階級・ビリオネアの数、太陽光発電容量・・等、これら全てにおいて中国は既に世界一になっている。

デジタルで重要な分野は、5G、AI、量子コンピュータ、AIチップ、自動運転だが、既に5Gでは中国がリードし、他は米国がリードしていると言いながら、殆ど、拮抗している状態になっている。例えば、量子コンピュータではアメリカが強みを持っているが、量子暗号では中国がリードしている。

中国の強さ ―確固たる戦略に基づく長期戦の構え―

  AIの導入を中国共産党が継続し行ってきたことが、現在の中国の成長のもとをつくったと極論する人がいる。その一方、中国は、サイバー攻撃やサイバー窃盗を日常的に行っていると指摘する人たちもいる。通常、警告されれば多少は控えるのだが、FBIの発表を信じると、そうではない。年々彼らのテクノロジー窃盗は増えている。この図は、世界アビエーションの「Aerotime」が行った中国の国産機、COMAC C919機で使われているテクノロジーのオリジン調査であるが、それこそ、フライトコントロールからエンジン、尾翼に至るまで、国旗で示された国の企業からの窃盗となる。言いたいことは、これも中国がもつ現実である。彼らは、これらも含めて確固とした戦略をもとに、それこそ鄧小平以降、着実にITをはじめとするデジタルを取り入れてきた。

戦略の重要性

実は、日本政府はカナダ政府に次ぎ、世界で2番目にAI戦略を発表している。日本政府のセンスは良いと思っているが、その割にうまく進んでいない。

学識者が指摘するように、デジタル戦略を考えるうえでは、私たちの「民主主義体制が本当に優れているのか」、或いは「権威主義体制で政府がより大きな力を持った方が強いのか」。この問いに応えるためにも、日本政府は時間をかけてAI戦略を実行する戦略をもつことが重要だと考えている。そのためにも、日本人のデジタル機敏性をどうやって高めていけるのか、課題を抱えている※。

※デジタル機敏性:デジタルトランスフォーメーションを進めるための機敏性。デジタル世界の基本を知り、デジタル世界の中の動きを敏感に得て、素早く判断して行動すること。

AIを進めるというのは、世界の未来を創ることでもあるわけで、皆さん達の手で立派な未来つくりを行うための道筋を考えてほしいと思っています。

(代表武田の発言抜粋)