【中国のデジタルプラットフォームとその政策ー中国モデルの優位性と課題】第61回(2022/05/18)無名塾(オンライン)開催 講師:岡野 寿彦氏(NTTデータ経営研究所 グローバルビジネス推進センター/シニアスペシャリスト)

◆ 塾僕武田の冒頭挨拶◆

新しい常識の時代か~ 早いもので、来週でロシアのウクライナ侵攻から3ヶ月たつ。  私たちはこの侵攻でのどのような残酷な攻撃がおこなわれたのか、果たしてウクライナは勝てるのかといったことに注目しがちである。 また、これらを巡っての報道が多くあり、かえって見極めが大変難しくなっている。 世界のソートリーダーたちの中には、世界が次のフェーズへとトランスフォームしはじめたとしているものがでている。いわば、DXならぬ、ウクライナトランスフォーム(UX)がおきているとの見方である。

私もこの後、どのような新しい常識(ニューノーマル)がでてくるのか、それに対してどのような対応ができるかについて考える時期だと思っている。

例えば、フィンランドやスウェーデンのNATO加盟申請は、間違いなく欧州の安全保障体制に「新たな常識」をもたらそう。これは、欧州だけにとどまらず、日本を含めた東アジアの安全保障につながるし、また、単なる安全保障だけでなく、経済安全保障、それこそデジタル技術開発、サイバーやデジタル産業、そしてサプライチェーンの確立を含めた新しい経営といったものであろう。

 

際立つ中国での出来事~ 本日は、経営研究をされている岡野シニアスペシャリストに、私たちが気になっている中国のデジタル技術開発、その優位性について話をして頂く。私は岡野シニアスペシャリストの話は、皆さんが日本の経済安全保障、デジタルや産業での新しい常識を作るきっかけになると考えている。

なお、これらを考える上での材料を予め示しておきたい。

第一に、中国は急激にデジタル大国になったこと。アリババ、テンセントなどのネット大手がひしめき、Huawei は5Gをリードし、また 世界のパソコンなどのIT 製品製造では、中国が半分以上を作りだした。このようなデジタル大国になった中国だが、実はインターネットが普及したのは、たった20数年前の2000年頃からである。1、2の例外はあるが、これらの企業が立ち上がったのも2000年以降である。

二つめは、中国は急激に経済成長を遂げたこと。現在、世界第2位の規模で、2020年代の後半には米国を抜くのではないかと見られている。これも20数年前の中国経済の規模は、名目 GDP で1兆ドル、日本の約1/5だった。それが2010年に日本を超え、2020年の GDP は約15兆ドル。20年で15倍になった。

三つ目は、これらをもたらした中国の指導者層の果たした役割である。まず、彼らは経済成長と技術(科学技術・イノベーション)は同一だとしてきた。たとえば、鄧小平は、「技術は国の第一の生産力である」と位置付けをした。それは現在の習近平も同じで、「技術は経済発展、富強をもたらす」と繰り返し発言し続けている。また、習は、「党・政・軍・民・学、そして東西南北・中、つまり自分達は、共産党、中国政府、人民解放軍、民間、大学、それこそ東西南北だけでなく、真ん中までを含め指導する立場」であるとし、共産党がその中心にある、その指針の下で動くべきだとしている。これは歴代の共産党指導者が行ってきたことでもあるが、習政権のもとで、この締め付けは特に厳しく、文化大革命時の毛沢東の時と同じと言われている。また、習の締め付けの対象は、民間企業の経営内容、また研究開発の体制にまで及んでいる。後者では、彼は就任後にそれまでの中国の技術政策を総点検し、その上で、イノベーション主導型発展戦略、俗に言う IDDS を打ちだした。その後も中国製造2025、中国標準2035、あるいは第14次 FIP(五ヵ年計画)など着々と出している。

 

日本の経済安全保障での新しい常識~ そろそろ日本も自前の経済安全保障政策を本格的に考えだす必要があると考えているが、そのためにはデータをもとにした本格的な中国研究が必要になる。これは決して「中国と対決のために」ということではなく、中国の先行きが日本の経済、イノベーション、産業、軍備、先端技術に大きく関係する、それこそ私たちの問題だからである。繰り返しになるが、このためには、本日の岡野シニアスペシャリストのようにデータをもとにした考察が不可欠となる。

岡野シニアスペシャリストは、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で、中国郵便貯金システムのプロジェクト・マネジャー、また北京の現地法人の経営を経験され、それこそ中国を肌身で知っている方である。現在、中央大学、早稲田大学でも教えておられる。 モデレーターは、NTTデータ先端技術株式会社の三宅フェローにお願いした。三宅フェローは、サイバーで日本の第一人者の一人であり、筑波大学等の客員教授をされている。

 

◆塾僕まとめ挨拶◆

大変リッチなデータと実体験に基づくプラットフォーム論、それと活発な議論を有難うございました。多くを学ぶことが出来た。参加された方々も新しい常識づくりの参考にされると思う。私個人の感想を言うと、杉山顧問が指摘されていた通り、「中国はこれまでと違う成長の限界にも近づきつつある」、また、習近平政権自体もこれらを認識した上で政策を打ちだしている、と感じた。これは、欧米の識者たちからも最近同様の指摘がされている。もちろん、これまでにも何度となく、中国限界説が出されてきたし、その中で中国はデジタル化を進め、経済成長を遂げてきた。しかし、ウクライナ侵攻、そして上海のゼロコロナ政策による封鎖という一連の動きの中で、もしかしたら中国は、ハードランディングするのではないかという懸念が一層現実味を増したかにも見える(注:例えば、SAISのハル・ブランズ、Rhodium Groupのダン・ローゼン等)。ただ、ハードランディングと言っても決して中国が解体すると言った議論ではない。

 

お願い~ 岡野シニアスペシャリスト、また、参加されている方々へのお願いは、民主主義体制の同志・同盟国のもとでの経済安全保障政策の連携をどうやって進めるかを考えてほしい。もちろん、これまでも日米、G7、クアッド、AUKUS、あるいはEUのインド太平洋地域のパートナーと政府・専門家の間では、その強化のために多くの試みが行われてきているが、現実には、権威主義体制のロシアと中国に比べて劣るのではないかと心配している。これを加速させるためには、いわば政府・専門家だけに任せるというより、グラスルーツというか、より多くの人たちの間での関心事として共有が必要になると思っている。

 

新しい常識の範囲は大変広い~ 先週、中国をはじめ、世界でビジネスを進めている米国の企業関係者の間の調査をもとにCSISの二名の研究者が、経営では何時ブラックスワンが起きる可能性があるのに、まだ、経営者のマインドはそこまで進んでいないのではないかという報告書をだした(注:Michael GreenとAscott Kennedy)。 経営でも新しい常識が必要になるようで、これらの面でも連携が必要になるかもしれない。

 

また、「大学の役割」については、ここでも日本の大学は新しい常識について挑戦する必要があると考えている。先のデジタル化のスタート時に、米国の大学では、データサイエンスを学部の学生にいち早く教え、それが米国のデジタル産業をはじめとするデジタル化への大きな入り口となった。 実は、今度も、米国の大学では、いち早く学部の学生を対象としたコースを設定し、QuSTEAM(量子教育のために最適な科学・工学・エンジニア・芸術・数学)のカリキュラムを検討し、また量子革命が企業の将来のためにどのような価値をもつかについても合わせて啓蒙する動きがでている。

量子革命は、量子コンピューターや量子暗号だけでなく、現在の全てが再度新たなものに置き換わる。それこそ大トランスフォーメーションの入り口になる。また、日本の経済安全保障の核になる。このためには、世界の大学に先駆けてこれらの動きへの新たな常識が日本の大学で確立されない限り、日本がこの分野で世界をリードすることはできないと考えている。

 

以上