【10】5Gを巡る中国政府の戦略(1)ファーウェイを巡る争点

本シリーズの【10】~【13】では、5Gについての中国政府の戦略を取り上げる。

2019年度米国防権限法(NDAA2019)」

2018年に米議会で可決された「2019年度米国防権限法」では、ファーウェイと ZTE 製の通信機材、およびハイテラ、ハイクビジョン、ダーファ製のセキュリティ用のビデオ監視・通信機器が調達禁止の対象とされた。

トランプ政権発足後には、米国では中国系企業やこれら企業とCCP(中国共産党)政権やPLA(人民解放軍)との関係に関して急激な注目が集まった。

ここでは、ファーウェイでの争点を中心に見ていく。同社に対しては多くの争点がある。たとえば、米当局者からは「同社は中国法執行当局による使用を前提にしたバックドアを設置し、世界の携帯電話ネットワークにひそかにアクセス」することが可能になるとの「バックドア疑惑」を巡っての争点がある。更に、競争他社や元雇用者からは同社へ「最新の技術や情報の窃盗により企業を発展させていった」と「ダーティ(不正)な経営疑惑」を巡る争点がある[1]。また、中国政府から多額の補助金をもとに製品のコストダウンを図り、途上国マーケットを確保につかっているのではないかという「補助金(官民癒着)疑惑」もある。

争点は更にある。ファーウェイが行っている5Gでのアプリケーションや製品開発・ひいては5Gでの特許・標準規格に関しては、これらをもとに世界を支配しようとしているのではないかとの「特許・標準規格」疑惑と争点、また、習主席が掲げるBRI(一帯一路構想:Band and Road Initiative)の一端を担い、欧州や途上国への5Gの拠点づくりを着々と進めているのではないかという「BRI疑惑」もある。

ファーウェイを巡る主要な3つの争点

これらの争点の全てを取り上げるつもりはなく、米国の態度と戦略につながる可能性がある、を目安に3つを取り上げる。1.「ダーティ(不正)な経営疑惑と中国政府との官民癒着疑惑」、次いで、2.「ファーウェイの特許・標準規格戦略を巡っての争点」、そして、3.「最近WSJ(ウォールストリートジャーナル)紙が取り上げた補助金疑惑」である。

なお、ここでは、疑惑や癒着という言葉をつかったが、決してこれらの全てを悪、非難すべきと決めつけるつもりはない[2]。事実、米国では、先のサンガーではないが、彼らの戦略を知り自分たちの戦略構築の際の参考にしようとする流れがでている。

これらの作業を行う上では、既に引用した報告書・提言書だけでなく、他の資料からも引用する。また、これらは、日々、米内外のメディアが多くカバーしてきており、これらの記事やオピニオンも引用の対象とした。米内外のメディアとは、WSJ、英エコノミスト、フィナンシャルタイムズ、ブルームバーグ(Blomberg)ニュース、日本経済新聞である。

 

米におけるファーウェイ疑惑の原点

既に引用したが、元米軍で情報戦略担当のトーマスは、2000年代の当初、中国がさまざまなルートで情報戦(非対称戦)を多く仕掛けていたことに気づき、米国の関係者に注意を促したが、反応がなく、2006年にこれを中心に彼は著書をだし、「情報戦の始祖はPLA(人民解放軍)の少将で、いわばドラゴンがおこなうこの戦いはこの後、PLAで発展し、広く中国で採用された」、とした。その内容も、中国の情報戦は、孫子の兵法をもとにした、あらゆる手段をもちいたものであった。

ファーウェイは、1987年にレン・ジェンフェイ(Ren Zhengfei,任正非)が中心となり創業した。当初、電話交換機や火災報知機などを作っていたが、中国でのシェア確保と発展途上国マーケットの拡大が主眼で、米国マーケットへのアプローチはしなかった。ただ、一旦、米国マーケットに参入してからは、同社のシェアは急激に増加。

これ以降、米国政府・関連企業関係者の間で警鐘をならす出来事が続いている。ファーウェイは社員による持ち株会社[3]である。ただ、米政府関係者は、同社に関する公表された資料を調べ、ファーウェイとCCPとの緊密な関係を疑いだしたのである。「ファーウェイの米国マーケットへの躍進は、CCPの支援する資金・人的ネットワークの構築を許すのではないか」、と。しかし、米政府関係者の執拗な捜査にかかわらず、ファーウェイとCCP、PLAの直の関係のスモーキングガン(議論の余地のない明白な証拠、smoking gun)を見つけることはできなかった。この間もファーウェイの競合他社や元従業員からの同社がさまざまな方法で他社からの知的財産の窃盗をしているとの訴えが多くあり、また幾つかの訴訟も起こされた。

一連の騒動の後、ついには米議会に動きがでた。2012年に、米下院情報委員会のロジャー(Mike Rogers)委員長[4]は、ファーウェイと(同じく嫌疑がかけられていた)ZTEの幹部を委員会に召喚したのである。この時の公聴会で、議員たちは「両社が中国政府からの命令に従って行動する、あるいはその意向に沿い行動しているとの懸念がある」を質した。公聴会は3時間にわたって行われたが、両社の幹部からは議員たちを納得させる答えは得られなかった。この結果、ロジャー委員長は、「ファーウェイと ZTEの通信機器を通じ、中国共産党や人民軍へのスパイ活動に利用されだした…米国が開発した軍事技術が多く流出している」恐れがあるとして、政府機関や米企業に対して2社の製品を使わないよう求めている。

ただ、これら米議会での動きも、米国は深い親和的マインドの中にあり、それだけに、「米中間の余分な摩擦の表面化」を恐れたオバマ政権のもとでは、それ以上の広がりにはならなかった。

 

・次のステップへ

次のステップの動きがでるのは、2017年にトランプ政権が成立してからである。まず、この年には、米下院はDoD(国防総省)がファーウェイやZTEの2社の製品の調達を禁止する法律が成立した[5]。この後、トランプ大統領は「1974年通商法第301条」に基づき、一連の中国の政策が米国にとって不合理かどうかの調査をUSTR(米通商代表部)に指示した。USTRは、この調査結果を2018年3月22日に公表した。内容は、「中国の法律、政策、慣行、行動が不合理、差別的であり、米の知的財産権、イノベーション、技術開発に危害を加えている」、である。

これを受けて、2018年7月には、「米国国防権限法(NDAA)2019」での上下院合同案がまとまり、同年8月に、ファーウェイ、ZTE(中興通訊)、監視カメラ大手のハイクビジョン(HIKVISION )等の計5社の中国企業への締め付けを大幅に強化する「2019年度米国防権限法(NDAA2019)」が可決された。同月13日にトランプ大統領が署名し、米国国防権限案は成立した。内容は注で示した。

 

注:2019年度米国防権限法(NDAA2019)

目的は先のファーウェイ、ZTEの調達禁止を同2社以外、また国防総省以外にも調達禁止拡大するもので、対象条項は、SEC. 889. Prohibition on certain telecommunications and video surveillance services or equipment.

なお、関連企業の禁止対象製品 (covered telecommunications equipment or services) は次の通り。

(A) ファーウェイと ZTE (関係会社を含む)製の通信機材

(B) ハイテラ(Hytera Communications)、ハイクビジョン(Hangzhou Hikvision Digital Technology)、ダーファ(Dahua Technology Company)  (関係会社を含む)製のセキュリティ用のビデオ監視・通信機器

(C) DoD長官がNIA(国家情報局)長官、FBI局長との協議で、中国政府の影響下またはつながりがあるとみなす企業の通信機器及びビデオ監視システムも同様の扱いとなる。

[1] https://www.wsj.com/articles/huaweis-yearslong-rise-is-littered-with-accusations-of-theft-and-dubious-ethics-11558756858

[2] 往々私たちは現下の民主主義体制ではありえない出来事を、ダーティで癒着や疑惑としがちである。しかし、これらが、ファーウェイや中国を機能させているのも事実。それだけに非難より、何が問題で、一方、何が機能しているかを明らかにする必要がある。

[3] これについては後述。

[4] ミシガン選出、2013-2015年まで同委員会委員長、下院議員(共)。

[5] National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2018. 2017年12月に成立。ただし、これはDoDに限ってファーウェイとZTEの2社からの調達禁止法案。