【9】5Gへの米国の態度と戦略(8)アスペン研究所サンガーが提唱する米国の戦略

先に、アスペン研究所のASGの会議で、テクノロジーで「米国がどうやって中国との競争で優位性を確立するか」でサンガーは「5G技術支配への戦い:米中の技術支配への戦い」、マニュエル(Anja Manuel)らは「米中、技術的支配: 如何に中国とのレースに勝つか」でAIを論じた。ここでは、サンガーの論文の内容を取り上げる。なお、マニュエルらの論文もAIの章で紹介する。

 

サンガーの4提案

サンガーは、NYタイムズ紙のワシントン特派員である。同紙はCNNと並び、トランプ政権に批判的なメディアとして知られている。それが理由ではないだろうが、彼の論文でも、米政権、特にポンペオ国務長官の対「ファーウェイ排除」作戦には極めて批判的で、この作戦は成功しないだろうとした。理由は、同盟国を脅かす作戦は、同盟国であってもそれを嫌がり、目的は達しない。…また、多くの政府は米国の要請を拒否することで、「アメリカ・ファースト」主義への抵抗になるとみなす、ともした。

そして、彼は米国がとるべき4点の(外交)戦略を提唱した。

第一は、「同盟・友好国を脅すことでは目的は達せなく、代わりにメリットがある提案をすべき」、とした。メリットある提案とは同盟・友好国と西側のチャンピオンづくりを指している。

つまり、ファーウェイといった5Gをリードする企業は、世界を未来に導く経済・技術・雇用機会をもたらすイノベーションを導く、次の時代へのチャンピオン企業である。西側にもこれに匹敵するチャンピオン企業が必要であり、この提案を用意し同盟国・友好国に提唱すべきである。荒唐無稽な提唱に見えるかもしれないが、実は既にこれらを巡る水面下の動きが米政府の一部、そして、米議会、企業の間にはある。以下の注でその一部を見ておく。

注:西側チャンピオンづくりへの動き

米政府関係者には、ファーウェイやZTE叩きだけではなく、米国にも(同盟国・友好国と組み)、西側チャンピオンづくりを行うとする動きがある。

  • なお、チャンピオンとしたのは、上記のとおり、これらの通信設備企業は多様な雇用機会をもたらし、関連機器でのイノベーションをもたらす能力を持つ観点からである。
  • 中国には、ファーウェイやZTEという代表的チャンピオン企業がある。北欧のエリクソン、ノキアがある。
  • 米国には、かつてはクアルコム(Qualcomm)等、通信設備全般の生産能力を有した企業があった。クアルコムは、携帯電話端末部門は京セラに、通信設備部門をエリクソンにそれぞれ売却した。現在も同社はCDMA携帯電話用チップでは、世界をリードしているが、もはや通信設備企業としてはチャンピオン企業ではない…これらのことは日本でも同じで、10年前には、サムソンやファーウェイやZTEを凌ぐ通信設備企業が幾つかあったが、現在はない。
  • チャンピオンづくりをどうするかについて、米国の一部では、米国だけでなく、日本や欧州等を入れるべきではないかという動きがでつつある。たとえば、元DHS(国家安全保障省)チャートフ(Michael Chertoff)長官と元NSA(国家安全局)マコーネル(Michael McConnell)長官は米CNBCの対談で、「5Gは米国に12兆ドルの新経済をもたらすが、現在の米国には、ファーウェイに対抗する企業がない。米国には防衛生産法(Defense Production Act)がある。これを活用し、エリクソン、サムソン、シーメンス等をいれた」西側の(ファーウェイに相当する)企業を作るべき[1]
  • なお、防衛生産法を錆びた法律と見る向きがあるかもしれないが、正しくない。確かに、1950年の朝鮮戦争時に制定されたものだが、今回の非常時、COVID-19対策ではトランプ大統領はこの法律を「マスクや人工呼吸器づくり」のために発令した。
  • トランプ政権内部にも米国内のIT企業などと組み、次世代通信規格「5G」ネットワーク向けのソフトウェア開発を進める動きがある。ホワイトハウスNEC(米国家経済会議)のクドロー(Larry Kudlow)委員長によるとマイクロソフト、デル、AT&T等が参加し、また、米国に事業基盤がある先のノキアやエリクソンが参加する可能性があるとした。
  • もちろん、まだこれらの動きは、初期のもので優先事項が異なる私企業をひとつにまとめることができるか等の課題が多い。しかし、本年2月に筆者と上記チャートフ元長官との私的意見交換で、元長官は「海外での投資可能な予算獲得に米議会は超党派で取り組んでいる」とした。以上、サンガーの提案を荒唐無稽と決めつけるべきではなく、水面下には一連の動きがあると見た方が良いようである[2]
National-Strategy-5G of the United State of America

トランプ政権下の2020年3月、ホワイトハウスが公表した大統領メモ。規格化と国際的協力の重要性が強調されている。https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2020/03/National-Strategy-5G-Final.pdf

サンガーの第二の提案は、これまでも述べたダーティ(不正)なネットワーク時代に対応すべき」、である。

後述するが、ポンペオ国務長官は世界が本質的に異なる2つのネットワークに分割される恐れがあり、このためにも米国はファーウェイ排除の必要があるとした。ただ、サンガーは、これを阻止できたとしても、あるいは、米国内でのデータの完全防衛をする方法が発明できたとしても[3]、ネットワークはグローバル通信であり、(米国そして同盟国の)データも中国や中国に同調する国が支配するネットワークを介して流れる。このためにも、彼は「米国もダーティ(不正)なネットワークと共存することを学ぶ必要がある」としたのである。ここでは省略するが、既にこれにどう対処するか研究開発、あるいは体制づくりの動きは米国内にはでている。

 

第三の提案は、「米国の対中政策の統合」である。

現政権は米中交渉では中国からの貿易譲歩を重視する。ただ、サンガーはいくら貿易譲歩が重要でもそのために国家安全保障問題で取引材料に使うことはことを悪化させる、としたのである。事実、現政権は時として「技術輸出禁止をファーウェイに行い、また、それを任意に回避させるといった行動」をとってきた。彼は、この種の行動は、米国が「なぜ中国の技術を禁止したかという論理的根拠を弱め、米国の国家安全保障を貿易交渉の人質に変えてしまう。既に中国ではトランプ政権を買収することで、長期的な競争上の問題を解決できると考え出している可能性がある」とした[4]

 

第四の提案は、米政府は(一見地味に見える、将来のAIや5Gを確立させるうえでの)「標準規格や特許を重視する政策を推進すべき」、である。

これについては、次の「ファーウェイ・中国政府への態度と戦略」の章で改めて取り上げるが、ファーウェイが急激な発展を遂げることができたのは、(知財の窃盗や収賄や汚職といった行為を常套手段とし、それで発展した部分があったとしても)それらが現在の発展を遂げる理由ではなく、上記「標準規格や特許を重視する経営政策(また、中国政府のこれを進める戦略)」である。サンガーは「この政策は一見地味に見えるがそうではなく、大変大きなものを将来にもたらす」とし、米政府は標準規格や特許を奨励する外交政策・国内政策をとるべき、とした。

 

[1] https://www.cnbc.com/2019/07/11/chertoffmcconnellusneedstohavemorealliestobypasshuawei.html

[2] 2020年3月にもホワイトハウスはNational Strategy to Secure 5Gの大統領メモを発表。この中で、規格化と国際的協力を強調している。筆者はこれを米政権がやっと真剣に5Gに取り組みだした、と考えている。

https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2020/03/National-Strategy-5G-Final.pdf

[3] Data のLockdown・・データを厳重に保護。

[4] サンガーは前FCC前会長のホイーラー(Tom Wheeler)の「サイバーセキュリティと貿易がそれぞれ損害を受ける」の文を併せ引用したTom Wheeler, “5G in Five (Not So) Easy Pieces,” Brookings, July 9, 2019, https://www.brookings.edu/research/5g-in-five-not-so-easy-pieces/.