【2】5Gへの米国の態度と戦略(1)米国は5Gグローバルレースで勝たなければならない

本シリーズの【2】~【9】では、5Gについての米国の「態度」と「戦略」を取り上げる。「態度」とは英語のattitude「(ある事態への)受け止め方」で、「戦略」は英語のstrategy「総合的・長期的な計略」である[1]

なお、この態度と戦略は、ラッド(Kevin Rudd)第26代豪州首相の使い方に準じたものである。彼は上記アスペンでのASGに参加し、「米国は中国に対して一定の態度を持ちだしたが、まだ戦略を立てていない。一刻も早く有すべきで、中国は高度に発展させた戦略を持っている」との警告をしている。

 

汎用技術

5GのGはgeneration(世代)で、次世代通信、つまり第五世代型通信を指す。現在の私たちが日々使っている通信機器は4G、第四世代をさす。一方、5Gは、米国だけでなく中国や韓国、あるいは日本やその他の世界の一部では、本年から導入される。

5Gは、この後で触れていくAI(人工知能)、半導体チップや量子コンピュータ等と共に、来るべきデジタル時代のコアテクノロジーで、経済学では汎用技術(GPTs;General Purpose Technologies)と呼ばれる。また、EUでは主要実現技術(KETs;Key Enabling Technologies)と呼ばれている。なお、汎用技術のポイントは以下の注でしめした。比ゆ的にいえば、これらのテクノロジーは時代を変容させる力をもつ。それだけに、この考察には単に科学技術的な側面からだけではなく、より広く安全保障・政治・教育・社会・経済・歴史・産業的なそれこそ学際的な議論が必要になり、ここでもそれらの議論を紹介する。

 

注:汎用技術;GPTs、あるいはKETs

経済(社会)全体に影響を与える可能性のある技術(テクノロジー)。事実、これらの技術は人間のあらゆる面での活動に影響を与え、国家レベル、地球レベルでの影響がでる。科学史家や思想家の中には、中世、近代といった時代区分の成因とするものもいる。また、今回のこれらの技術も、既存の社会を劇的に変化させる可能性を常に秘めている。これまでに人間が育んだ汎用技術の例としては、蒸気機関、電力等がある。

 

オバマ政権とトランプ政権の違い

オバマ大統領は科学(技術)を重視し米国の知の殿堂、科学アカデミーの総会に出席してスピーチを行っている[2]。オバマ政権としてもIT政策を重視したとの評価が一般的に定着している。たとえば、JETROの2016年12月の「ニューヨークだより」“米国オバマ政権におけるIT政策の総括と次期トランプ政権のIT政策の展望”[3]では、これをオバマ政権は「歴代の政権の中で突出してIT政策を推進」と紹介した。

事実、オバマ大統領は、就任演説の中で、「科学を本来あるべき地位に戻す(We’ll restore science to its rightful place)と宣言した。事実、彼は閣僚や補佐官にノーベル賞受賞者や米科学アカデミーのメンバーを多数登用し、またIT専門家をあわせ採用し、政府内のデジタル化とテクノロジー政策を主導した。

一方、これまでのところ、トランプ大統領の科学へのアプローチは真逆の方向にあるように見える。トランプ大統領の関心は科学にあるのではなく、キャンペーンで唱えた「強いアメリカ」の達成にあるようである。彼は不法移民、メキシコとの国境の壁の建設、また、イスラム教徒の入国制限を重視した。また彼の就任一年目に提示した予算案では軍事や国土安全保障関連は増加したが、科学技術、医療や教育はそれぞれ10%以上減らすという「スキニー・バジェット(やせ衰えた予算)」となった。

 

トランプ政権での態度―米国は5Gの競争に勝たなければならない

歴史の皮肉というか、このトランプ政権のもとでの米国は、オバマ政権では見られなかったかったデジタルテクノロジー(5G、そしてAI)への関心の高まり(一定の態度)がでている(もちろん、これはトランプ政権のリーダーシップというより、中国の5G戦略を米国は無視しきれなくなった[4]、がある)。

2018年9月には、ホワイトハウスで「次世代無線ネットワーク構築支援にかかる5Gサミット」を開催したが、出席したトランプ大統領は、「米国は5Gの競争に勝たなければならない。このレースには絶対に勝つ」とした。また、同年10月に、同大統領は連邦省庁責任者宛てに大統領覚書「米国の将来のための持続可能なスペクトル(周波数範囲)戦略開発」[5]をだした。

 

注:大統領覚書「米国の将来のために持続可能なスペクトル戦略の策定」

  • 10月25日、連邦省庁責任者に宛てた「米国の将来のための持続可能なスペクトル戦略開発」の通達。
  • 覚書は、米国経済・国家安全保障・科学・安全などにおける国家目標の達成を目指し、高周波スペクトルを最大限に高効率且つ有効に活用するための政策と位置づけ。
  • 覚書は、米政府機関が現在のスペクトルの使用状況と将来の要件、スペクトルの再割り当てオプション、スペクトルの割り当てに対する将来のテクノロジーの影響に関するもので、大統領は5Gの立法、規制、およびポリシーの推奨事項も求める。
  • 覚書をだした日、ホワイトハウスは「米国は5Gへのグローバルレースに勝つ」とのタイトルの記事を発表し、4Gをリードすることで得られた米国の利点(GDPの増加や雇用機会など)をもとに、5Gの利点の潜在力を比較した。これらの動きはそれまでのオバマ政権とは違い積極的なものであった[6]

 

 [1] 米国の戦略と中国の戦略とは異なる。前者はマキャベリにルーツ、後者は孫氏にルーツ、後者の方が、心理作戦を含め、より深いと見るものがいる。これについては、後の章で改めて取り上げる。

[2] 科学アカデミーは、リンカーン大統領が南北戦争という混乱期に、それまでの腰だめ的政策を改め、事実による政策をたてるために創設。

[3] 米国オバマ政権におけるIT政策の総括と次期トランプ政権のIT政策の展望、JETRO NYだより、2016,12.八山 幸司 JETRO/IPA New York JETRO。

[4] トランプ政権は5Gネットワークへの構築競争でも中国をライバル視し、懸念を有してきた。事実、中国は2030年までに5Gネットワークに4,000億ドルを投資する計画があり、このままでは中国が5Gアプリケーションやサービス、機器を独占する時代がくるのではないかとの懸念。

[5] Presidential Memorandum on Developing a Sustainable Spectrum Strategy for America’s Future)。https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/presidential-memorandum-developing-sustainable-spectrum-strategy-americas-future/

[6] オバマ政権と違い、トランプ政権は5Gネットワークへの構築競争でも中国をライバル視してきた。また、中国製機器に関しては米議会等の疑惑の念は一層強い。上記、5Gネットワークに4,000億ドルを投資する計画への警戒心は強い。