米中の5G、AIと日本の国家戦略【1】デジタル時代におきた米国のゲシュタルト的変化

ペンス副大統領の演説

2018年10月、ペンス(Mike Pence)副大統領は、ワシントンDCのハドソン研究所で米中関係についての演説を行ったが、その中で、彼は「私たちが革命戦争(南北戦争)の中で輸出のための新たな市場(マーケット)探しをしていた時、中国の人たちは薬用人参[1]と毛皮を積んだ私たちの貿易業者を歓迎した」とした。更に、ペンスは「中国がいわゆる屈辱の世紀の中で憤りと搾取に苦しんでいた時、私たちはこれらの動きへ参加することを拒否し、自由貿易政策を提唱した」…これは「中国との貿易を自由化し、中国の主権を守る」ためであった。「私たちの宣教師が中国に福音を伝えた時、その豊かな文化と活気ある人々に感動し、彼らは信仰を広めただけでなく、そこで初めての大学をいくつか設立した」、と。

大清の嘉慶25年(1820年)の疆域の図(Created by Pryaltonian)

米中(清)間では1844年に望厦条約(Treaty of Wanghia)を結んでいる。条約の内容は1842年に英中間で結ばれた南京条約に準じたもので、中国にとり関税自主権の喪失、治外法権などを含む、極めて不平等条約なものであった。相前後し、中国とこれとほぼ同じ内容の条約を結んだ仏露などの「列強」は英国と競合し合い中国の蚕食化を進めた。中国にとり「屈辱の世紀」に入るのだが、米国はこれら「列強」の動きに一切参画しなかった[2]

屈辱と旧弊に苦しむ老大国と、内戦(南北戦争)の苦しみの中で世界へ羽ばたこうとする若き国との間で、世界の外交史上まれと言える親和的な関係が芽生えていた。彼らの間の信頼関係は強いものだった(少なくとも米国側にとって)。第二次世界大戦では、両国は同盟国として団結、第二次世界大戦後には、新たな世界体制を求めた米国が主導し、新しく国連を設立、中国も設立メンバーに招かれた。だが、米国にとり、この後に予想外の事態が生じた。それは、第二次世界大戦後の1949年に中国共産党(CCP)が中華人民共和国を建国したことである。その後1952年6月に朝鮮戦争が勃発し、米中両国は戦火を交えることとなった。しかし、この疎遠な関係は長く続くことはなく、1972年2月のニクソン大統領の極寒期の訪中で終わっている。

 

アメリカのエンゲージメント政策[3]中国が仕掛けた情報戦(非対称戦)

ニクソン政権は中国には、共産党政権であったにもかかわらず、旧ソ連に対してとった封鎖・排除政策とは異なるエンゲージメント(関与)政策をとった。米国は中国と再び、経済・産業・教育、そして科学の発展を未来発展のために関与しあう、親和的関係の復活を目指したのである。これらについて、ペンスは演説で「私たちは、その直後に外交関係を再構築し、両国の経済の開放を始めた。米国の大学は、新世代の中国人技術者、ビジネスリーダー、学者、官僚の研修を開始した」と述べた[4]

米国のエンゲージメント政策の狙いに、老いた大国を自分たちが再び繁栄に導くという米国の善意があった…米経済人・研究者たちは最新のテクノロジーを惜しげもなく中国の経済人・研究者や学生に与えた。もちろん、彼らはかつての宣教師たちのような純粋な善意だけではなく、自分たちの利益のためもあったのは間違いないが。

この米国内に深く定着した中国に対しての親和的感覚は、中国が米国に仕掛けたサイバー攻撃作戦やサイバー窃盗等という非対称戦(asymmetric war)の発覚を遅らせる結果となったのかもしれない…。一方、高度な情報戦に長けた中国にはこれらのことは織り込み済みのことだったかもしれない。

CCP政権の事情は、米側が抱いた親和的感覚と同じではなかった。CCPのリーダーたちは、1980年代の後半に、米国(並びに欧州・日本を含む西側)が育んだコンピュータ、そしてインターネット、AIをはじめとするデジタルテクノロジー(とそれを育むデジタルサイエンス)の威力に接し、これこそ自分たちの国・国民を再び世界の覇権を競う大国へ若返らせる手段となることを確信した。そして、合法・非合法的な手段でこれらを抽出する戦略をたて、着実に実行していった。本報告書でも「セキュリティ研究者たち」にならい、この中国の合法・非合法的手段で抽出する方法を「情報戦」、あるいは、「非対称戦」と呼ぶ。なお、非対称戦は彼我で実力が違いすぎる時に使う、ゲリラ戦法を指す。

米政府関係者の中にも、中国の情報戦(非対称戦)に気づいたものはいた。その中の一人に、米軍で対ソのテロ活動を担当していたトーマス(Timothy Thomas)がいた。彼は「ドラゴン(中国)の情報戦」に気付き、上司に報告したが一向に反応がない[5]。この後、2006年のことだが、彼はドラゴンの暗躍をテーマに著書をだしている。なお、彼は「中国の攻撃が今日まで続いているのは同国にとってその戦いが完全に筋が通っているからだ」とした。また、トーマスは、情報戦は中国が始祖だとし、その情報戦略がどのようなものかについて、2014年に米軍の機関誌で発表している[6]

 

注:トーマスの見る情報戦

  • トーマスは情報戦の始祖はPLA(人民解放軍)のシェン(Shen Weiguang、信息战)当時の陸軍少将と特定した。シェンは、1985年にこれに着手し、1990年に世界初の「情報戦争」モノグラフを完成し、出版(ただし、中国語)[7]し、湾岸戦争後にはPLAが情報戦略を積極的に発展させた。
  • 米軍の戦略の定義は「シアター、国家、および/または多国籍的目的を達成するために同期・統合された方法で国の手段を採用するための優れたアイデアまたは一連のアイデア」…米国での戦略は、この目的達成のために、米国が国力を行使するための外交、情報、軍事、経済的手段の使用。
  • 一方、PLA(人民解放軍)の戦略は「はるかに広範な分析的見解」にある。一例として、トーマスは中国の軍事百科事典で「戦略」は最も多くのエントリーを持つトピックであり、明らかに広い視野に立つとした。また、彼は彼の米国の同僚たちと同じく、ルーツは「孫子(Sun Tzu)の兵法書(art of war)」にあるとした…中国の情報戦の内容を深く理解するためには中国語を学ぶ必要があるともした。
  • 中国の戦略の特徴の一つには、心理戦の重視等がある…敵のサイバーシステムでの活動を偵察するときにはまず弱点を探し、戦う前に勝利を確定させる。孫子の「有利な戦況を確立する。戦場を有利に整える」を重視するという世界。
  • 一方、軍事アナリストと知られているルトワック(Edward Luttwak)は中国の孫子の兵法が説く多くの戦略や画策は、同じ文化圏なら効果があるが、異文化では機能しない。例として、「中国は近隣国に威張り散らし、敵を欺く手法に頼りすぎて反感を買っている」と指摘した[8]
  • ただ、中国に親和的政策をとっていた米国に対してはトーマスが指摘したように十分すぎる成功をおさめた?!

  

新冷戦の号砲―トランプ政権に限定されるのか―

米NYタイムズ紙は先のペンス演説をトランプ政権の「新冷戦への号砲(Seen as Portent of New Cold War: portentは兆候の意)」と報じた[9]。2017年2月にトランプ政権発足後、それまでのエンゲージ政策に終止符を打つための準備が行われていた。たとえば、2017年12月の米国家安全保障戦略で現在の中国を米国の国益、価値観と対極にある修正主義国家と位置付けた。また、2018年1月、米USTR(通商代表部)の報告書では「中国をWTOに加盟させたことは失敗だった」との指摘もした。

では、米国の中国への親和的感覚をこの「号砲」で完全に終了させることができるのか? あるいは、この号砲にかかわらず、次の政権ではもとにもどるのか、つまり、これは期間限定版なのか?

この問いについては本報告書で多くを引用するアスペン研究所のASG(アスペン戦略グループ) の著書「大国への葛藤;21世紀の米中関係Struggle for Super Power; U.S.- China relations for 21st Century」[10]の中で、GWU(ジョージワシントン大学)のシャンバウ(David Shambaugh)が、論文「中国政策でのスマートな競争;Toward a “Smart Competition” Strategy for U.S. China Policy」で答えている。内容は「半世紀近く、9人の大統領の下で米国が支持し、推進してきたエンゲージメント政策に関する政治的、経済的、社会的な基本的仮定に疑問が投げかけられている[11]…事実、この10年間、さまざまなエンゲージメント政策を支持してきた米経済人、議会人、軍関係者、政府関係者、大学人・研究者、メディア・ジャーナリストたち、あるいはNGO関係者たちは、それぞれの分野で中国側の行動に次第に苛立ちを感じだしていた」である。そして、彼は「米国人の間でゲシュタルト的な変化」がおきていたとし、二つの米国での世論調査を示した。

一つはシカゴ外交評議会の2019年の調査で、その結果は共和党、民主党、あるいはインディペンデント(両党派に属さず)を問わず、「中国をライバル(rivals)と見る人たちが6割」を超している。また、彼が示したもう一つの図はワシントンDCのピュー研究所(Pew Research Center)の調査で、これもオバマ政権期の2012年ころから変化がおきだし、2019年には中国を非友好的(unfavorable)とする見方が、ピークに達したことが分かる(筆者は今後一層振れ固定化する可能性が強いと見ている)[12]

 

注:

  • 英語のrivals(ライバル)は競争相手、敵手。日本語の「ライバル」に見られる良き友人というような含みはない。
  • unfavorable(アンフェイバラブル)は好意的でない、敵意のある、の意。(ランダムハウス英和大辞典より)

「エンゲージメント」に代わる対中戦略はでたのか

中国は、この20年で、世界第二の経済大国に急成長し、AIや5Gというデジタルを安全保障へ応用した。経済だけでなく、軍事でも米国を急迫していると考えられだした(米国にも追い抜かれたとの見方もでだした)。また、米国の思いにもかかわらず、中国共産党(CCP)の多くの対米戦略は必ずしも親和的ではない。新たな対中戦略を構築しなおすためには、米国がこれまでのエンゲージメント政策の失敗(機能しなかったこと)を認めるだけでは不十分で、これに代わる有効な戦略、それも新経済・貿易政策だけでなく、安全保障、科学技術、あるいは如何に知財の窃盗を防ぐかという、統合的、かつ関係者だけでなく、全米的なコンセンサスを得たものでなければならない。

ではこれら対中戦略を米国はもつことができたのか?

シャンバウはこれについては、「米議会は中国を戦略的ライバルと見ているため、(党派を問わず)より厳しいより競争力のある戦略を支持する方向への明白かつ広い動き(態度)を共有しだしたとしたが、広範な新しいコンセンサスと言えるものは、まだできていない」、とした。本報告書での結論も米国の産業界、教育界、議会といった各界の識者(ソートリーダー;thought leaders)の態度は固まった段階だが戦略はこれからである。

 

[1] Ginseng 北米産の薬用ニンジン。

[2] モンロー主義の影響。なお、初代大統領ワシントンは離任時に「世界のいずれの国家とも永久的同盟を結ばずにいくことこそ、我々の真の国策である」とした。

[3] 取り込み政策と訳されることがあり、ここでは積極的関与政策とした。中国の経済力の強化を認め、対中貿易・投資を進め、それを通じ、「国際社会」に取り込み、中長期的に国内体制の変化を促進。

[4] 余談だが、筆者が初めてペンス演説に接した時、感傷的な部分があるのを不思議におもった。だが、それは米国民に長く定着していた中国への親和的感覚を払しょくするために必要。

[5] WSJ、2013年4月【オピニオン】中国のサイバー攻撃戦略、孫子の兵法がルーツ

[6] In the Winter 2014-2015 issue of Parameters, the U.S. Army War College’s quarterly journal, Timothy L. Thomas、  “China’s Concept of Military Strategy.”

[7] トーマスは上海の街角の中国人しか入らない本屋でこの本を見つけた。

[8] 『自滅する中国』邦訳、芙蓉書房。

[9] New York Times, May 2018 Pence’s China Speech Seen as Portent of ‘New Cold War’

[10] The Aspen Strategy Group Presents: The Struggle for Power: U.S.-China Relations in the 21st Century

[11] Kurt Campbell and Eli Ratner, “The China Reckoning: How Beijing Defied American Expectations,” Foreign Affairs (March-April 2018); the rejoinders: Wang Jisi et al., “Did America Get China Wrong? The Engagement Debate,” Foreign Affairs (July-August 2018); and Alastair Iain Johnston, “The Failures of the ‘Failure of Engagement’ with China,” The Washington Quarterly 42, No. 2 (2019). Also see Aaron L. Friedberg, “The Debate Over US China Strategy,” Survival (June-July 2015); Harry Harding, “Has America’s China Policy Failed?” The Washington Quarterly (October 2015).

[12] 2020年4月21日の同センターの調査ではコロナ禍の影響もあり非友好的の数は更に増加し66%へ